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もう鞄がズッシリとしてただけだと思います


 
引き続いて〈帝銀事件〉の話です。前回引用した『警視庁重大事件100』には、あの文とは別のページにもうひとつこう書いてありました。引用します。
 
   *
 
そして男は、近くに置いてあった現金16万4450円と1万7450円の小切手を奪って逃走。だが、簡単に奪える場所にあったほかの現金には、なぜか手をつけなかった。
 
アフェリエイト:警視庁重大事件100
 
と。この〈だが、なぜか〉が、平沢の無実を信じる人々のGHQ人体実験説の根拠なんですね。なんでも、16万円が積まれていたちょい向こうの机だかに倍くらいのお札の山がドーンとあったと言うんです。カネが目的の人間にこのお金が目に入らないはずがない。だから犯人は平沢じゃない。犯行は純粋に毒で一度にたくさんの人を殺すことだったのであり、だからこれは実験なのだ。カネ目的に見せかけるため近くにあった16万と小切手だけを持っていった――というのが、平沢の無実を信じる人が口を揃えて言うことです。
 
なるほど、と思われたでしょうか、皆さん。しかし私の手元に浅田次郎・著『初等ヤクザの犯罪学教室』という本があります。中に〈「銀行強盗」成功のための傾向と対策〉という章がありまして、一部引用すると、
 
   *
 
 そこで私が銀行強盗の目標金額として適当と思うのは、せいぜい一千万円であります。
 その理由は二つあります。一つは窓口とその周辺で手早く集めることのできる上限であること。もう一つは男の手で鷲掴みにできる限界であるということです。
 お金というのは物理的には神の束でありまして、数がまとまれば非常に重たい物であります。
 一千万円と簡単にいいますが、いざ持って逃げるとなると、広辞苑を一冊抱えて走るようなもので、まったく容易なことではありません。
 せっかく奪取した札束を捨てて逃げるマヌケな強盗がよくおりますが、あれは別に気が弱いわけではない。ふだん持ちつけていない物ですから、金の重みを知らなかっただけのことであります。
 
アフェリエイト:初等ヤクザの犯罪学教室(中古本)
 
と。ねえ、どうですか。当時のお金で16万は、百円札が1600枚。この著者が言う限界を、既に大きく超えているようですけれど。
 
それに加えて三千枚のお札の束を持たずに現場を立ち去るのは、カネ目当ての犯行として不自然だ。だからGHQの人体実験以外有り得ないと、やはりお思いになられるでしょうか。
 
でしたらどうぞ、〈彼ら〉の側にまわってください。私は私の『クラップ・ゲーム・フェノミナン』に、「一億入りのキャリーバッグは15キロの重さになる」と書いててだから三千枚の紙幣が現行のものと紙質や大きさが同じなら4キロくらいになるだろうとすぐわかりますけれど、それを信じろとは申しません。
 
「1600枚ならだから2キロ。バッグそのものの重さに犯行に使った薬瓶・器具など合わせて4キロというところ。つまり平沢は、4リットルのウイスキー徳用ペットボトルを抱えていったようなもんだな」
 
と推察できますが、それを信じろとも申しません。犯人が持っていたのはごく小さな肩掛け鞄ということだから、もうせいぜい湯呑み一個(これが結構、小さなバッグに札束を詰めた状態ではかさばるのではないかと思うのだが)しか入らなかったのではないかと愚考する次第ですが、それを信じろなんてことも申しません。
 
あくまで私の推論であり、バッグの大きさ、札の重さを正確に知ってるわけじゃない者が想像でものを言ってるに過ぎませんから。その当時には風呂敷が普通に使われていたのですから、きっとその現場にも目につくとこに一枚くらいあったでしょう。「自分なら必ず包んで持っていく。合計が8キロだろうとなんだろうと」でもお思いになればいいんじゃありませんか。
 
クラップ・ゲーム・フェノミナン [電子書籍版]
https://books.rakuten.co.jp/rk/c4c936f145e636b5b3a9d0fee0752ce7/?l-id=item-c-seriesitem
 
で、前回の補足ですが、セーチョーの『小説帝銀事件』によると、この事件で確かに犯人のものだと言える指紋は実はひとつも採取されてないのだそうです。犯人は16人に毒を飲ませて自分も飲んだように見せかけた。使った湯呑みは平沢の分を合わせて17個だが、しかし一個がなくなっている。セーチョーは《犯人が指紋を採られることを予期して一個を持ち去ったという考えも起るのである》と書いてるが、まあ考えも起るでしょうな。おれも起ると思いますよ。拭いたりするより持ってってしまう方がいいんじゃないすか。
 
しかしそれとは別に一個、台所に誰のかわからぬ指紋のついた湯呑みがあった。それが弁護士が「これは犯人の指紋。平沢の指紋じゃないからGHQの実験だ」と主張するものらしいが、なんだろう。この本だけではよくわからないが、弁護士は、「その〈七三一〉元隊員はカネをバッグに詰めた後、湯呑みを持って台所を探して店内をうろついた。で、そいつで口をゆすいで棚に置いてったに違いない」とでも言ってんのかな。
 
検察はこれについて「死んだ12人のうちの誰かが事件より前の時間に客に出した湯呑みでしょ」と言っただけのようである。だがセーチョーは、それに対して、
 
    *
 
 しかし、それに該当するような人も出てこないまま、この指紋はいまのところ解けぬ謎になっている。
 
アフェリエイト:小説帝銀事件
 
と書いていて、できることなら〈七三一〉の元隊員が湯呑みを手に銀行の中を洗い場探して歩いたことにしたかったらしい。
 
というのが前回触れた〈謎の指紋〉の話です。だからさあ、そんな話がもし本当としてもですよ。もうバッグがパンパンで湯呑みさえも入る余地がなかったんじゃないですか。犯行に使った道具以外にも荷物があって、服のポケットにまで札束を入れちゃっていた。だから湯呑みさえ入れられなかった、と。いやそうすると、犯人は平沢ではなかったことになっちまうのか。
 
とにかく、警察の言う通り、そんな考えは不自然過ぎて。GHQの人体実験だということにしたい人には、何ひとつ、マトモなものの考え方ができなくなるのだとしか思えない。
 
と、こんなところですが、私が書いた『銀行強盗のしかた教えます』では、刑事が銀行職員用のドリンクカップを――なんていう話を、もし読みたいと思われる方がありましたら、次のリンクを押してください。
 
銀行強盗のしかた教えます [電子書籍版]
https://books.rakuten.co.jp/rk/94423311ab9c31ce9d6fe924d0dd760c/?l-id=search-c-item-img-03
作品名:端数報告 作家名:島田信之