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買ってもまた別の1400か、別の文庫本だろう。セーチョーの『小説』は買うだろうか。いや、おそらくは《最新の科学が明らかにした衝撃の新事実》が書かれているものを取るのじゃないか。 
 
遠藤誠の2800円の本を取り寄せてまで買って読む者。
 
それは一般の中にはいない。〈昭和文化研究科〉だ。それをネタに本を書くか、あるいは雑誌に記事を書いて稼ごうとする人間だ。遠藤誠の本に書いてあることを、自分が掴んだ新事実のような顔して文にする。その鑑定がされたのは公判から10年後で、〈科学的な証明〉をしたのが大阪市立大学の博士だなんてことは書かない。
 
そうなったらおれでさえ、嘘を見破りにくくなる。いやもちろん、白紙に指を捺させるなんて話は考えりゃ嘘とわかるだろうが、それだけではちょっと人には納得してもらえぬだろう。
 
それではこう書くのはどうだ。 
 
調書が偽造というのが確かな話なら、十人の学者に鑑定させてその全員が「偽造だ」と判定していいはずだ。それだったら裁判所も再審請求を通さぬわけにいかなくなったかもしれない。しかし、鑑定書を出しているのがひとりだけ。大阪市立の博士だけというのでは、充分な証明と言えないと言われてしまって当然じゃないのか?
 
と。けれどもそう書けるのも、遠藤誠が弁護士らしく本当の嘘はつかず、〈消防署の方から来た〉式の嘘を重ねてくれてたからだ。けれども自称昭和文化研究家は、そんな配慮をすることはない。
 
古い証拠を21世紀の技術で検証したことにされてしまいさえするだろう。そうなったらおれでさえ、嘘を見破れなくなるだろう。昭和の終わりに平沢が死んで、帝銀の本が何冊も出た。平成になってからも数年おきに〈新事実発覚〉を謳う本が出されてそこそこに売れてきたようだが、全部が全部、昭和の本の焼き直しのはずである。研究家さんの誰ひとり、《GHQは捜査中止命令を》というのがガセと気づくのはおらず、《白紙の調書に拇印》と聞いたらそれも事実と信じ込む。
 
しかしこのふたつはどちらも、考えたらフカシだとわからなくてはおかしいはずだ。オーケンが騙されるのはまあしかたがないとしても、ネクタイびとがこんなもん、気づかないようでどうするのか。
 
というわけで、
 
アフェリエイト:小説帝銀事件
 
おれの資料で一冊がまるごと帝銀事件なのはセーチョーのこの『小説』だけ。これを〈カノン〉とすることにします。平成になって出た本なんて何が書かれているか知れたもんじゃないし、《GHQは捜査中止命令を出した》と書いてあるならもうその時点で、資料的価値はゼロとわかるというもんでしょう。
 
だからそんなもの読みません。インターネットも参照しません。
 
セーチョーの『小説』が〈文藝春秋〉に載ったのは1959年。事件発生から11年。平沢の死刑確定から4年です。まだ国民みんながみんな、平沢貞通は絵が8万で売れる画家ではあったけれども何万もの借金をしていた、だから次に8万で売れる絵を描くのにどうしても10万円を必要としていたと知っている時代です。〈GHQの実験〉というデマはあったがだからと言って、〈捜査中止命令〉のガセは通らない時代です。
 
まだ当時の日本人には、〈彼ら〉は新聞を検閲できても、警察に命令できないとわかったはずです。わからないのはその時代を生きてはいない後になって生まれた世代か、その時代にまだ小さくてGIを〈チョコレートをくれる人達〉としか見て思わなかった世代か、その時代に〈赤旗〉を読んでたような者達でしょう。
 
遠藤誠がそんなインテリゲンチャの中でも最左翼であったらしいが、赤旗なんか読んでる時点で60年安保に反対するアンポンタンと呼ぶしかない。
 
1959。事件発生から11年。死刑確定から4年。そんな時代に書かれたもので事実関係が詳しく綴られ、無実を唱える書でありながら平沢に都合の悪いことでもごまかしがなく、現在でも入手が容易で文庫版や電子書籍版もあり、町の図書館に置かれている率も高いと言うことができる。だからおれがここに書くことがほんとかどうか、誰にも確かめることができる。そんな本はセーチョーの『小説帝銀事件』しかないでしょう。だからこの一冊を、おれは最重要資料とします。
 
おれ自身が『松本清張全集第十七巻』として近くの図書館にあったのを借りて読んだわけなんですが、でもそいつになんか冊子が付いていて、『黒の回廊(32)』とある。杉全直という人の画が載っていてそれがどうやらユングフラウ。J・クリストファーの『トリポッド』で少年が目指すところやないか。
 
で、その画がもうメチャメチャにカッコいい。スキャンしたのをここに載せたら著作権侵害だろうからやりませんが、すげえカッコいいんですよ。ユングフラウでアイガーで、駅とトンネルとリフトがあって、それになんだか知らないが〈アイス・パレス(氷の宮殿)〉というのがあるらしい。
 
画像:黒の回廊(32)
 
『黒の回廊』ってどんな話? ちょっと読んでみようかな、と思っているところです。そんなわけで帝銀事件の詳細をもしお知りになりたければこんなブログよりもまずお近くの図書館で、セーチョーの『小説』を探してみてはいかがでしょうか。
 
で、しかしその前に、こちらのものを読んでからどうぞ。借り出した本をもし濡らしてしまったときの対処法を書いております。無料出血サービス。
 
図書館の本を濡らしたら [電子書籍版]
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作品名:端数報告 作家名:島田信之