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端数報告

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白と黒の回廊


 
よくマンガで白紙にサインしたところ、後で闇金がやってきて生命保険の契約書にサインさせられ、〈事故〉が起こる場所へと……なんていうのがありますが、そんな金貸しほんとにいるもんなんですかね? ちょっと普通に考えたら、すぐ当局に摘発されておしまいのような気がしますけど。
 
福本伸行『カイジ』の主役のカイジはバカなやつですね。船に乗らずに警察署に駆け込みゃいいじゃん。「白紙に署名捺印したら」なんて話を聞いたなら刑事が大喜びで捜査をしてくれるのとちゃうんかい。
 
と、言ってもあれに関しては、あたしゃ10年前に実写映画版を見たきりのうろ覚えなんですが、とにかくそのテのマンガを読むたびそう思う。前回はまた帝銀事件で、「調書の拇印が白紙に捺させられたものだったなんて話は信用できない。もしそんなことしてたとしても、平沢が自白した後でその白紙は捨ててしまい、新たな紙に調べを書いて指を捺させ直せばいいじゃないか。なんでそうしなかったと言うんだ」という話を書きました。だからそんなの、
100パーセント、遠藤の嘘であるのが明白だ。オーケンは騙されている
と。
 
白紙に拇印。有り得ません。カイジと違って平沢はどこにも逃げられないのだから、検事達にはその必要がありません。あのテのマンガのキャラクターが生命保険の契約書に、銃やナイフで脅されながらサインさせられてしまうように、平沢はちゃんと書かれた自白調書に拇印を捺したに違いないのです。
 
それが拷問まがいの調べでされたものであったとしても、一応は。検事が白紙に指を捺させることは論理的にないと言えるわけだから、その話は嘘だと言える。
 
わけだが、しかし、遠藤誠はなぜオーケンに、わかる者には嘘だとわかる嘘をつくのか。わかる者には嘘だとわかる嘘というのがわからなかったわけなのか。
 
『のほほん人間革命』のページを少し前に戻して見てみましょう。この対談は、帝銀事件を語るにあたってまず遠藤誠みずからのことこまかな解説として、
 
   *
 
『帝銀事件と平沢貞通氏』遠藤誠著・三一書房・一九八七年七月発行、二千八百円。帝銀事件の全貌と現在もなお続いている再審事件の現状がまとめられている。
 
   *
 
というのが付けられており、それから、
 
   *
 
大槻「はぁ――。で、だんだん読み始めて、まあ、遠藤先生からいただいたんで読んだわけですが、最初に「うん!?」とまず思い始めたのが、この平沢さんという人は、大正十四年に狂犬病の予防注射のためにコルサコフ症候群という病気になっちゃったんですね」
遠藤「なっちゃったんですよ」
 
アフェリエイト:のほほん人間革命
 
と書いてある。ここで「うん!?」とまず思い始めたのが、オーケンは遠藤誠が書いた本を買ったわけではないようなのだ。著者遠藤みずからにもらって読んだらしいのだ。
 
なるほど。オーケンが帝銀事件、弁護士と対談なんてどうもおかしいと思ったら、そういう裏があったのである。何かテレビの番組で雛段にでも並ぶ機会があったのだろう。そこで知り合い、そのときに、2800円の本をもらった。だったら後で対談と聞いて申し出も受けるよな。
 
遠藤としてはその本を、多くの人に買ってほしいわけだろう。しかし、本が7年経って2800円のままってことは、文庫になっていないのか。つまり売れなかったのか。弁護団長の遠藤が書いた、平沢が死んだ直後に出た本というのに。
 
それはまあ、売れないかもだな、2800円じゃ。帝銀事件の本なんかそのときにもう腐るほど出ている。書いてあるのがどれもみんなおんなじなのは誰でも知っている。
 
それに、タイトルも良くない。1987年と言えばテレビ番組なんかみんな、
 
   *
 
 是馬は新聞のラジオ・テレビ欄を広げた。
「みろ。『温泉殺人旅行 泣いて笑って死が迫るOL三人旅 三人で泊まれば怖くない』『痛快スーパー・カー、未来メカに爆破装置 危機一髪決死の脱出 てんやわんやの大騒動の結末は』――これが十五分番組の題名だ。題名だけで十五分はかかりそうだな。それからこんなのもある。『当たるも八卦 当たらぬも八卦 しかし、よく当たるTTVVの天気予報 他局とはまったくちがう独自の天気予報』『奇奇怪怪どうしようもない政治からどうしようもない事件まですべてを網羅する一分間ニュース』――みんな、題名ばかり長いんだ。いちばん短いのは『時報』というやつだが、これも、ある局には『天文台より正確な六時の時報は六時に当TVで』というのがある」
「テレビの話をしていたはずじゃなかったと思うけど、どこでこうなったんだろう」
「謎の宇宙生物からだ」
 
アフェリエイト:ノートルダムのけむし男(中古本)
  
という感じだったと思うが、しかし、すげえ。今度はほんとに、これが相場なんだろうな。さすが加納一郎先生。
 
裁断・自炊しないでとっておけばよかった――って、こんな話をしていたはずじゃなかったと思うけど、どこでこうなったんだろう。謎の宇宙生物――じゃなくて、遠藤誠の本だ。『帝銀事件と平沢貞通氏』。なんで2800円もするのか。
 
人があまり知らない話を書かねば売れない。そう考えて、その時点で32年間に16回ぐらいの再審請求で出てきた話をありったけ書いた。で、ものすごく分厚くなった。その中に、例の白紙に拇印の話もあったわけだな。読んでイカサマとわかる者にはイカサマとわかる話だろうが。
 
しかしイカサマとわからぬ者には、イカサマとわからないだろう。信じて読んでしまう者は、信じて読んでしまうだろう。 
 
オーケンのように。にしてもその2800円の本を、一体全体誰が買うのか。
 
  オーケンのファン。
 
は買わないだろうなあ。『のほほん』を読んで事件に興味を持ったとしても、その2800円は買わない。と言うより、書店に置いてない。『人間革命』の単行本が出たのが1995年3月。文庫が1998年7月。そこで本屋に行ったってどの店にも置かれていない。
 
けど代わりに何かしら、「帝銀事件はGHQの実験だ」と書いてる本があるだろう。たぶん、1400円くらいで。
 
『帝銀事件最終報告 私は真犯人を知っている』
 
なんていうようなのが。それに文庫もあるだろう。そいつを買って読んでみれば、やっぱり書いてあるだろう。その白紙に拇印のことが。鑑定で偽造と証明されたのに検察は認めなかった。なぜなら朝鮮戦争時、マッカーサーは〈赤旗〉の発行停止を命じたのだがそれもこれも……とかなんとか。
 
それを読んでオーケンのファンは「ほんとなんだ」と納得する。だがその話が《公判で》争われたことになっているのを読んでも、「話が違う」とは思わない。そのポイントに気づかず「同じ」と思ってしまう。
 
そしてもちろん、そこで満足してしまって、遠藤誠の本を取り寄せてまで買おうとすることはまずしない。読めばその1400円は、遠藤誠の創作をさらに歪曲したものと気づくことができるかもだが、オーケンのファンはそうしない。
 
作品名:端数報告 作家名:島田信之