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アンダースンの鼻を明かせ


 
帝銀事件と言うと普通は、「平沢貞通氏は無実だ」と唱えるものだと思いますが、これは
平沢がやったに決まってんだろう
というブログです。前回のログの最後に『未解決事件の戦後史』(著・溝呂木大祐 双葉新書 リンク貼れず)という本を紹介しました。読むとやっぱり、
 
   *
 
 その点などから、真っ先に疑われたのが、旧大日本帝国陸軍の研究機関の一つ、関東軍防疫給水部本部、通称「731部隊」だ。同部隊は満州を拠点とし、兵士の感染症予防や、そのための衛生的な給水体制の研究をメインの任務としていた。その一方で、生物兵器の研究・開発機関でもあったともいわれている。警察は、その関係者を中心に捜査を進めていった。
 ところがGHQから警察に、旧陸軍関係者への捜査中止命令が出る。これには警察も従わざるを得なかった。そこに、どんな背景があったのか? これは、この事件の大きなキーポイントの一つだろう。
 
   *
 
などと書いてある。
 
だから、出てねえって。出すわけねえだろ。GHQは捜査中止命令なんか警視庁に出してません。GHQと言えども越権行為なのは、ちょっと考えりゃ気づきそうなもんだろうに。それを、どいつもこいつもなんで疑わねーんだろーな。このミゾロギなんとかっての、〈昭和文化研究家〉で〈スタジオ・ソラリス〉とやらの代表なんだってよ。ハハハ、笑っちまうね。
 
前々回に書いたようにGHQは捜査中止命令なんか出してない。そんなもんは立ち止まって考えてみれば自明のことだ。なのにどうして、こんなガセが広まってしまっているのか。
 
この本のもうちょい先を見てみると、
 
   *
 
 GHQが捜査を中止させたのは、米軍が731部隊の持っていたデータに価値を感じ、情報流出を嫌ったからだという説がある。米軍は、後に朝鮮戦争やベトナム戦争で生物兵器を使用している。そこに、巨大な闇の存在を感じずにはいられない。
 
   *
 
と書いてある。お決まりの話だなあ。勝手に闇の存在を感じていたらいーんじゃねーの。
 
《米軍が生物兵器を使用》ってのも何を根拠にという話で、まさかオレンジ剤だとかディートのことじゃねえだろうな。それが生物兵器になるなら生物兵器になるかもだけど、別にどっちも〈七三一〉が造ったわけじゃあるまいに。
 
生物兵器なんてもん、実際には扱いが難しすぎて使えない。使うとしたらオウム真理教のように(あるいは、旧日本軍の風船爆弾作戦のように)もう後がないイカレたやつらが、スカンクが屁をするみたいに使うだけじゃあるまいか。ヘタすりゃそれを積む飛行機が、墜ちちゃったりしてうわーということになりかねないのだから、核以上に危なっかしい兵器と呼ぶべきじゃあるまいか。だから普通、科学者ならば軍人に、こりゃー使えませんよダンナと言うのが生物兵器であるというのは、ミリタリーオタクの常識じゃないでしたっけ。
 
が、それはそれとして、〈七三一〉の実験データは米軍にとって得難いものではあろう。うん。だがしかしGHQは捜査中止命令を警視庁に出していない。「出した」と言ってる連中は、一体いつ出したと言うのか。
 
何年何月何日何時何分何秒だ? とにかく、どの時点でだ? その本には書いていないし、オーケンの『のほほん人間革命』でも、遠藤誠はただ「出した」としか言ってない。が、例の「アラ、まぁ」の後に、
 
   *
 
大槻「アラ、まぁ」
遠藤「それぐらいいっぱいいるんですよ。で、しかもね、(略)だれ一人として、こいつが犯人だって言った証人がいなかったんです。警視庁ももう釈放しようかと思ってたら、その直後に例の詐欺事件、あれが発覚したわけだ。で、そのまんま留め置かれてそれから連日連夜、責めたてられたわけですよ、「やったろう、やったろう」と。で、そのうち今度ね、被害者の供述が、微妙に変化してくるんですよ」
大槻「うんうんうん」
 
アフェリエイト:のほほん人間革命
 
と書いてある。
 
平沢は一度釈放されかけていた。そこで四つの詐欺が出てきた。9月初めのこの時点では警視庁は〈七三一〉の捜査をまだ続けている。成智主任は〈七三一〉の元隊員がやったんだから平沢という画家はシロだと叫んでる。そんな詐欺など関係ないと叫んでる。事件は捜査の現場じゃなくて、会議室で起きている。
 
なぜだ? 事件発生から、もうそろそろ8ヵ月。GHQが警視庁に中止命令が出せるなら、事件が起きた直後に出していいはずじゃないか。どうしてこの段階でもまだ捜査が継続中で、成智の主張がまだ一応は通ってるんだ?
 
平沢は9月末に犯行を自白。だがその後も、しばらくの間、〈七三一〉の捜査は続いているらしい。セーチョーの『小説』から引用すると、
 
   *
 
 とにかく、平沢貞通の自白で帝銀事件の捜査は終った。十月二十九日には、警視庁では捜査本部が解散し、打上げ式を行なっている。
 (略)
 この打上げ式に列席したGHQ公衆安全課主任警察行政官H・S・イートンは捜査当局の活動を称えて語っている。
「不可解にも近い障害を克服して帝銀事件をみごとに解決したことは世界でも類例を見ない。諸君は容疑者に手錠をはめたり、護送の途中新聞記者に会わせたことに対し、人権を侵害したとの非難を浴びたが、これは事情を知らぬ者の言である」
 ――事件捜査は終ったのである。
 警視庁主流に冷たい眼で見られながら、こつこつと名刺の線を辿っていた地味な、目立たない傍流が勝ったのだ。壁の前に遮断されたままになっていた軍関係の主流派が「北海道で狐に憑かれた男」に屈服したのである。
 軍関係捜査は消えた。
 
アフェリエイト:小説帝銀事件
 
ラララ、ラブ、サムバディ、トゥナイト! じゃなくて、どうやらこの直前まで成智主任の主流捜査は続いていたわけらしい。妙な話だ。一体いつだ、GHQが警視庁に〈七三一〉への中止令を出したのは。1948年10月28日か?
 
って、だからそんなもん出ていねーよ。出るわけねーよ。考えればわかるだろうが。気づけよみんな、という話だが、溝呂木なんとかいう自称昭和文化研究家は、遠藤誠の本の他に、セーチョーの『小説』も読んでるらしい。『刑事一代』も読んでるらしい。参考文献としてこれらの本が明示してある。
 
けれどどうやら遠藤その他の、平沢が死んでから出た本を主にもとにしているようだな、この平成文化研究家さんは。後から人がつけた尾ヒレに、自分もまた尾ヒレをつけてる。
 
『刑事一代』に書いてあることを全部嘘だと決めつけながら読むのは好きにすればいい。だがセーチョーの『小説』を読んでおきながら、後から出てきた話の方を信用するのはどういうわけだ。
 
たぶん、セーチョーの『小説』は、今に平沢の無実を信じる者らの間で重視されてない。平沢にとって不都合な話もごまかさずに書いてるからだ。読みたいのは信じて読みたい尾ヒレであって、本当の真実なんかどうでもいい。読みたくないものは読みたくない。
 
読んで不興に感じる部分は嘘だということにしてしまいたい。
 
作品名:端数報告 作家名:島田信之