小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

端数報告

INDEX|11ページ/78ページ|

次のページ前のページ
 

てんぷら画ってのはおれはウィキペディアさえ見ないでこれを書いてるから結局なんだかわからないが、チベットで翡翠に瑪瑙と言うんだからあれだろ。よくあの辺の寺が外側も内側も、壁も柱も天井も全部が緑と赤の仏画で埋め尽くされている。イタリアも緑と赤のお国だから、マルガリータのピザみたいな絵なんじゃあないですか。
 
違ってたらごめんなさい。それでもセーチョーの『小説』には、屏風絵(びょうぶえ)を描いていたとか、法隆寺の壁画を模写していたとかいった記述もある。平沢の絵はこの当時、五万から八万円の値が付いていたとも書いてある。
 
て言うと、今の五百万くらい? それとも、一千万円くらい? それほどの大画家なのはまあわかったが、だったらカネは唸るほど持っているかと言うとまったく逆だった。
 
事件前の平沢は毎日毎日誰彼かまわずカネを借り、別の者にそのうちからいくらか返す日々だったという。そしてもう少し貸してくれと言い、あるいは絵を何千円かで買わないかと持ちかけていた。ろくも知りもしない相手に、自分がどれほど高名な画家であるかを訴えてだ。
 
八万円で売れる絵を描くのには、カネを必要としたのだろう。てんぷら画の大家でいるには、カネを必要としたのだろう。一年間に、今のお金で一千万かそれ以上の。
 
絵が八万で売れても足りなかったのだろう。平沢は、オーケンの言う《軽い詐欺事件みたいの》をやったひと月後、別の場所で連続して三回の詐欺を働いている。
 
これもおれが書いたって誰も信用しないだろうから、セーチョーの『小説』から引用しよう。
 
   *
 
 容疑の第二は、同年十二月二十七日の午後、大田区山王、金融業高田保之を訪れ、「商品を買うため急に金が要るが、土曜日で預金がおろせないから」と、二十数万円記入高の預金通帳と印鑑をカタに、十万円貸してくれと言って断られた件である。
 その第三は、その翌日の日曜日の午後、大田区馬込町の竹中久雄方で、同じような手段で、預金高四十数万円に改竄した長谷川の通帳と認印で二十万円の帝銀大森支店の小切手を受取り、翌日午前十時、三菱銀行丸ビル支店で二十五万円渡すと約束して帰り、翌日二十九日、竹中がビルに行った時刻に、帝銀大森支店で、小切手を現金化しようとしたが、竹中は兄を丸ビルにやり、「兄との打合せで、帝銀大森支店では、丸ビルから入金の通知がなければ支払わぬように」と言いに行っていた。そこで平沢は竹中とばったり会い、「兄が待っているから、早く丸ビルに行け」と言われて、その場はつくろったが、金を取るのは失敗に終った一件である。
 容疑の第四は、前記の、現金化に失敗した二十万円の小切手を持って、同じ日の午後二時ごろ、中央区銀座にある、時計商日本堂に現われ、十五、六万円の時計、指輪などを買いたいと言って、小切手を出したが、社長の佐藤秀一が怪しんで、帝銀銀座支店へ、小切手の鑑定に行った留守に、危険を感じて逃げたというのである。
 
   *
 
と。しかしひでえ文章……〈容疑の第二〉から始まってるが、〈第一〉は例の「は〜い」の一件である。ここで一万の現金とともにガメた通帳とハンコを平沢は捨てずに持っていた。で、二十万、四十万と預金額が多くあるように書き込んで(当時は手書きで磁気なんか無し)、二軒の質屋だかと時計店で三日のうちに続けて十万から二十万を騙し取ろうとして失敗、いずれも未遂に終わっていたのだ。この三件については通帳という動かぬ証拠もあることだし、その高田・竹中・佐藤というのの面通しで「九分九厘間違いなし」と言われて素直に認めている。
 
十万から二十万。今のお金で一千万かそれ以上。つまり平沢はこのころに、それだけのカネを必要としていたわけだ。八万円で売れる絵を描くのに十万が必要だから、詐欺をしてでも手に入れなければならなかった。二回やって二回とも疑われてしくじりながら、三回目をやらなければならなかった。
 
そしてそこでもしくじった。その一ヶ月後に帝銀事件が起こる。
 
そこで強奪された金額は18万だ。
 
――と、それにしてもオーケンだが、この件について遠藤に「軽い詐欺事件みたいの」と言っているのはどういうことか。これの一体どこが《軽い詐欺事件みたいの》なのか。一万円を持ってっちゃった件だけ聞いて納得したようにしか読めないが。
 
正直に言っておれも『のほほん』を読んだとき、ここはこれだけで納得しちゃった。『刑事一代』を読んで始めて続く連続未遂を知り、さらに『小説』で詳しく知って、遠藤に騙されていたと知ったんである。それまではこの件について、
 
《事件の少し前に平沢氏は、詐欺と言えないような詐欺をほんの小さな間違いから犯してしまっていた。それはほとんど過失と言えるものであったにもかかわらず、その件だけを理由に犯人と名指しされた》
 
という書き方をしたものしか読んでこなかったからだ。
 
だがオーケンの場合はちゃうやろ。遠藤誠の2800円するという分厚いはずの本を読んで、「軽い詐欺事件みたいの」と言っている。その2800円の本にはなんて書いてあるんだ。オーケンも《軽い詐欺事件みたいの》としか書いてないから気になったのかな。
 
おれは読んでないから知らん(なんでそんなの2800円も出して読まなきゃいけねーんだよー)が、別に今、ここに図書館で借りてきた
 
未解決事件の戦後史
 
という本があり、帝銀事件について一章が割かれている。これの著書は遠藤の本も読んでいるようなので事件のこの部分がどう書かれているか見てみよう。すると、
 
   *
 
 だが、9月になると風向きが変わる。平沢にとっては逆風だった。なんと、平沢が過去に銀行に対して4件の詐欺事件を起こしていた疑いが浮上し、本人も自白するのだ。(おれ註:平沢が捕まったのは8月下旬)
 ただし、そこには微妙な背景があった。平沢には、かつて狂犬病の予防接種を受けた際、その副作用による精神疾患にかかり、記憶障害の症状が見受けられたという説があるのだ。この詐欺事件も、その影響によるものと考えられた。
 
   *
 
だって。そうですか。
 
というわけでよろしければ、次の作をお試しください。ごくごく軽い詐欺みたいなお話です。
 
通り魔が町にやってくる [電子書籍版]
https://books.rakuten.co.jp/rk/6ad2225339d733c7b88f209141e0fd0d/?l-id=search-c-item-img-02
作品名:端数報告 作家名:島田信之