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遠藤誠の2800円の本は、『のほほん人間革命』によると1987年7月発行であるという。平沢が死んだ2ヶ月後だ。早え。なんでそんなもん、そんなに早く出せるんだ。
 
ワープロなんかあるにはあってもほとんどタイプライターと変わらないような時代だろ? S・キングの『神々のワードプロセッサ』なんて小説があったっけ。それから『スタンド・バイ・ミー』の中で、R・ドレイファスが叩いてたっけ。
 
あんなもんがクルマみたいな値段がした時代だろ? 2800円の本。平沢が死ぬのを待ってゲラというのやら起こしていなけりゃ出せるものとはとても思えん。
 
GHQは命令など出してない。だが出したということに今の日本ではなっちゃっている。誰のせいでだ。遠藤か。それとも他の誰かのせいか。
 
成智英雄。
 
実はこの男こそ、岡瀬隆吉ではないのか? いや、セーチョーの書く文では、成智より上の官僚のように読めるが、ともかくここに引用してきた『小説帝銀事件』において、主人公仁科が話の最初で会う人物だ。引用すると、
 
   *
 
「あなたは、アンダースンに会ったことがありますか?」
 もと警視庁幹部は、不快な記憶の同感を求めるように仁科俊太郎に質問した。
「ありません。恰度(ちょうど)、特派員としてロンドンに行っていましたから。しかし、いろいろな話は聞いています」
 論説委員は、すこし残念そうに答えた。
「ひどい奴ですよ。わが儘(まま)で、自分の言う通りにならなければ癇癪を起して、すぐに日本政府の役人にピストルを見せびらかすんですからね。猛牛のように無智なんです」
 
   *
 
しかし、
 
   *
 
「われわれだって、そういつもアンダースンに威(おど)かされてばかりいた訳じゃありませんよ。そうだ、あなたはハイドン牧師殺し事件を知っていますか?」
「おぼろにはね」
 と仁科論説委員は答えた。
「こっちに帰ってきて、社の誰かに聞きました」
「完全にわが警察の勝利で、アンダースンの鼻をあかしてやりましたよ」
 
   *
 
と言って、彼はその事件の思い出話をする。米軍兵士が従軍牧師を殺した事件を捜査する日本東京警視庁。だが突然にアンダースンが、幹部室に入ってきて岡瀬の目の前、机の上にどんと座る。拳銃を抜いて見せつけながら、「オカセ、お前は犯人がどうしてもGIだと主張するのか」と詰め寄るのだ。
 
だが岡瀬は負けなかった。見事犯人を突き止めて、アンダースンの鼻を明かしてやったのだという。
 
   *
 
「あれは痛快でしたよ」
 
   *
 
どうやらまったく言いなりだったというわけでもないらしい。けれどもそのアンダースンが、帝銀事件の捜査のときにも警視庁にやってきた。
 
ハテ、それでどうなったのか。岡瀬隆吉は仁科に対し、急に口をつぐんでしまって何も言わない。〈七三一〉の線を追うなという強要はあったのか。
 
なかったんじゃないかなあ。いや、てゆーかそのアンドーナツも、やったのは〈七三一〉の隊員と最初は思ってたんじゃないかな。ただし、カネが目当てだと。だから早く捕まえて明らかにしろとせっついていた。
 
のじゃあねーかなあ。この事件は海外でも大きく報道されたという。主人公仁科の回想を引用すると、
 
   *
 
 帝銀事件のときは、彼はまだロンドンに居た。昭和二十三年だった。鈍重なくらい慎重なイギリスの新聞が、珍しく興奮して大きく書き立てたものだった。"Bank Robber kills 16 with Poison"という大きな見出しの活字がまだ目に残っていたし、付き合っている向うの新聞記者たちからいろいろ質問されたのを覚えている。その時は何も知る訳はなかった。
 
   *
 
と。そうなのだ。「〈七三一〉の元隊員の仕業なのに違いない。GHQの実験なのだ」という噂は事件が起きたすぐからあり、世界中で書き立てられてしまっていたのだ。だからアンドーナツとしては、
 
「迷惑だから捕まえて、ただのカネ目当て野郎というのを明らかにしろよおっ!!」
 
としか、この事件では言えなかったんじゃないかしらん。
 
だって、人体実験なんて、ほんとにまったくやってないもん。やるならもっとうまくやるもん。
 
〈七三一〉関係者の戦犯行為を不問にした事実は確かに存在する。それがこの事件のせいで、やいのやいのと言われてる。それが日本国内だけならいいとしても、アメリカ本国でまで噂になっちまった。そしてイギリス、フランス、カナダ、スウェーデンにオーストラリア、ギリシャ、ドミニカ共和国……。
 
そしてもちろん、ソ連でも、スターリンが「マジかそいつは」と言ってるだろう。人体実験なんてもん、てんで事実無根なのに。どうする。どうしたらいいんだあっ!
 
だからとにかく犯人は〈七三一〉の隊員なんだろうけれど、早く捕まえろヨーヨーとしか、アンドーナツは言えなかったんじゃないでしょうか、この事件では。そう考えるおれにとって、溝呂木ナントカいうやつが
 
「巨大な闇の存在を感じずにはいられない」
 
だとか言うのはてんでバカバカしいのだけれど、皆さんはどう思われますか?
 
で、さて平沢が捕まって、アンドーナツも「えーっ?」と眼を瞠ったけれども、詐欺の話を聞いて納得。ああヤレヤレと胸を下ろした。
 
8万で売れる絵を描くために10万円が必要な男? なんだそりゃあ? けどなるほど、ほんとにそういうやつなんだな。だったら12や16人、殺してカネを盗ろうとしてもなんの不思議もねーわけじゃんか。
 
みんながそう言い、落着した。アンドーナツはほっとした。が、10.29の打上げ式の後でもなぜか警視庁は〈七三一〉の捜査をまだ続けている。オカセのやつが「アメ公どもの実験だったに違いないんだ、それを暴いてアンドーナツの鼻を明かしてやるんだ」とイキまいてるという話が耳に届いてくる。おいおいおいおい、あンの野郎……。
 
てわけで11月のある日、アンドーナツは警視庁の幹部室に乗り込んだ。岡瀬の机にまたどっかりと腰を下ろして、
 
「なあオカセ。お前、オレが事件の黒幕という考えによほど自信があるらしいな。毒は青酸パリダカラリーで、ハイポを先に飲んでおけば大丈夫だと言ってんだって? よーし、だったらオレがお前に、特製マティーニを飲ませてやるよ。ジンにベルモット。それにハイポとパリダカラリーを加えて、シェイクだ。ええ? 人体実験説に、自信があんなら飲めんだろう。ほら、飲んでみろ。飲んでみろよ」
 
言って腰の拳銃を抜き、岡瀬の眉間に突きつけ撃鉄を起こした、と。岡瀬はそれを思い出し、仁科の前で口を閉ざした……。
 
いや、想像ですけどね。そんな『小説』どっかにないかとお探しの方がありましたら、おれが書いた次のものなんかどうでしょう。基本的にこのシリーズは、全部がこんな話ですけど。
 
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作品名:端数報告 作家名:島田信之