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北へふたり旅 31話~35話

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 仕事から帰るたび、妻が不満を口にする。
「じゃ、出かけようか」というと、妻の顔が明るくなる。
もともと家にいることが、大嫌いな人だ。

 「テレビの番人はあきました。
 歳をとって動けなくなればそのうち、いやでもたっぷり見られます」

(60を過ぎればじゅうぶん、歳をとっていると思うが・・・)
と小声で言えば、

 「病人じゃないの。あたしは。
 右手がすこし不自由なだけです。
 あとは何処も悪くない、いたって健康な大人です」

 「見りゃわかるさ。ストレスが溜まってんだろ。
 いいよ。出かけよう」

 行く先を告げず、車へ乗り込む。
妻は無類の車好き。
20代の頃は、スポーツタイプの車を乗り回していた。
その習性はいまも残っている。
高速道路でアクセルを、べたに踏み込む。
2車線の道路にすき間があれば、前へ出ようと車線をかえる。

 「ママ。いい加減にしてくださいな。
 いい歳なんだから、どしっとかまえて優雅に運転してください」

 助手席へすわる娘が、ハンドルを切りまわす妻をたしなめる。

 そういう娘にも妻の血が流れている。
スポーツタイプの車に乗らないが新車を買うたび、なぜか派手な音をたてる
マフラに取り変える。

 「あなたこそ、静かに帰ってきてください。
 家のちかく50mまできたらエンジンを切り、しずかに入ってください。
 みんな寝ているのよ。ご近所さんも。パパも」

 「午後8時に寝るのは早すぎます。
 パパに言ってください。
 人生の半分を、寝て過ごすつもりですかって」

 「寝る子は育つそうです」

 「70がちかいのよ。育つわけないじゃない。
 なに考えてんのさ。パパも、ママも」
 
 (34)へつづく