北へふたり旅 31話~35話
「人をつかうにの忍耐がいります。
派遣会社が言うよう、長い目で見てトンを育てたらどうですか?」
「トンは先に来た2人と、まるっきり事情が異なる。
ドンもテプも空港からバスでまる1日もかかる、奥地の村の出身だ。
いわゆるハングリーだ。
ところがよ。トンは都会の生まれ。
父親は缶詰工場を経営している富裕層。
大学を出てから、警察官としてはたらいたことがあるという。
オヤジの金で、警察官になったらしいがな」
「トンはエリート層の出身ですか。
借金を背負わず、日本へやってきたわけですね」
「日本へ行ってきたと言えば、箔がつく。
トンはトコロテン式に、オヤジの会社を継ぐ立場にいるからな。
だから、どこかノー天気なんだ。
真剣味が足らねぇ。ハングリー精神ってやつがまったくない」
「それで管理団体の通訳を呼んだのですか」
「トンに、カツを入れてくれって頼んだ。
やって来たのは中国人。
中国人通訳は、ベトナム語を話せねぇという。
トンを派遣している管理団体にまだ、ベトナム語の通訳はいないそうだ」
「どんな風にお互いの言葉を伝えたのですか?」
「俺が中国人に、事情を説明する。
中国人が、中国語が分かるベトナムの人へ電話をかける。
俺の言葉をこいつが翻訳する。
トンはベトナム人に自分のいいぶんをつたえる。
ベトナム人が中国語で、トンのいいぶんを中国人につたえる。
それをえんえん繰り返しているうち、カリカリしている俺自身が、
なんだか、滑稽に思えてきた」
「あきらめたのですか・・・」
「あきらめるしかねぇだろう。
何か有るたび、通訳の三角関係を繰り返していたんじゃラチがあかねぇ。
そう思って、あきらめることにした」
「あきらめきれないから、病んでいるんでしょう?」
「そういうなって。
たいへんなんだぞ、国際交流は・・・。
ベトナム人をつかうのは、日本農家の人手不足を解消するためじゃねぇ。
開発途上国の経済発展を担う「人づくり」に、協力するためだ。
受け入れ拡大のための法整備はすすんだ。
だがよ。彼らの受け入れ先には、こんな実情ばかりが広がっている。
コミニュケーションが挫折しているんだ。
そのうちひとづくりの協力が、挫折するかもしれねぇな・・・」
(33)へつづく
作品名:北へふたり旅 31話~35話 作家名:落合順平