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桐生甘太郎
桐生甘太郎
novelistID. 68250
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川の流れの果て(2)

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又吉がまた飯屋に現れたのはそれから二週間ほどしてからであり、「にごり酒と、それからワタ焼きを下せえ」と又吉は済まなそうに笑った。
「すまないね又吉さん、今日は烏賊が入ってないんだ。代わりに新物の秋刀魚はどうだい」
「へえ、すまねえだあご主人、じゃあ秋刀魚をくだせえ」
「刺身がいいかい、焼くかい」
「へえ、おらは秋刀魚は、生でなんて食ったことがねえで、刺身にしてくだせえ」

その日、ちょうどいつも居る職人連中は店に居らず、店には若侍が二人と、爺さんが一人居て、吉兵衛のまな板の前には近所の女房連中が集まって、やいのやいのと無駄話をしながらその日の菜を買いに来ていた。
「じゃあちょっと待っておくんな、今そこの甚五郎さんも待ってもらっててな」
「へえ、すまねえだあ」
「お酒は、すぐ燗が付けられますから」
「ありがとうごぜえますだ、お花さん」
「い、いえ、ただいましますので…」
又吉がにこにこと話をし、お花が顔を赤くしているのを、客の中の爺さんは見て、にやっと笑った。

この爺さんは吉兵衛が「甚五郎さん」と呼んだ爺さんで、長屋で一人暮らしをして、色々な細工を作り、たまに道端で売っている。ちびちび稼いではほとんどそれを飲んじまうという暮らしをしている甚五郎爺さんは、無駄話は好きだが身の上話を好かないようで、いつからこの辺りに住んでいるのか、元からの一人暮らしなのか女房があったのかも、爺さんより歳上の者が居ないので、誰も知らない。
錆御納戸の擦り切れた甚平を着込み、白い髭を長く垂らした痩せっぽちで背の低い禿げた甚五郎爺さんは、「お花坊、誰だいこの若いのは」と聞いたが、お花はすっかりのぼせ上ってドギマギしたので、又吉と妙な仲だと思われているなんて勘違いをしてしまったのか、「い、いえ、そんな…なんでもないです」とごまかそうとした。
「おやおや」、そう言って甚五郎は赤い顔でにかっと笑い、又吉をちょっと盗み見たが、又吉はもう開け放しになっている店の外の、隅田川に永代橋が掛かった夕焼けの景色を見ているようだった。
「こいつぁ骨が折れるわい」
甚五郎はそう独り言を言って、手酌でちろりからすっかり湯飲みへ酒をあけてしまった。


吉兵衛は一人暮らしの女にもう柏の焼いたのを渡してやり、他の二人の女に向かい合って注文を取っていた。

女達は二人とも鬢を透けるように大きく広げ、流行りの勝山に結い上げていた。一人は紺絣の着物に灰色の擦り切れた名古屋帯をして、もう一人は鼠の絣に帯はそれよりもっと濃い黒に近い紺鼠で、二人とも水仕事の途中だったと見え、黒っぽい前掛けを垂らしていた。

「まあそれであんのウチの甲斐性なしがねえ、鮭の切り身が食べたいだなんて急に言うもんだから。ないだろうとは思ったけどサ、来てみたのよ」
「いやあ、おかねさんは亭主思いだ。鮭は確かに今はねえが、どうだい、秋刀魚の脂の乗ったのがあるよ。これなら鮭にも見劣りしない。さっきまで跳ねてたようなやつだ!刺身にして持ってってやったら、喜ぶぞ。ただ焼くのとは一味違うからな」
「ああ、それはいいかもしれないねえ、吉兵衛さんは頼りになるよホントにさ」
「じゃああたしのとこにもそれをおくれな」
「あいよ、二人とも、二人前でいいかい?」
「うちは子供が二人あるのさ、忘れちゃいやだよ」
「ああそれはすまなかった、じゃあ子供の分もすぐに捌くよ」