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桐生甘太郎
桐生甘太郎
novelistID. 68250
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川の流れの果て(1)

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その男はどうやら奉公人らしい前掛けをしており、背を折り曲げるほど屈めて何か申し訳なさそうな顔で笑っていたが、眼差しと眉の形は柔らかいながらも、堀りはくっきりと深く、唇も厚すぎず薄すぎず輪郭がはっきりとしていて、その両端がくいっと持ち上がっている。それから細めの顎が顔の全体を引き締めていて、芝居に出しても惜しいほどの男前だった。思わず吉兵衛が「こらぁ…」とため息のように独り言を言ったほどである。

飯は何がいいか、酒は要るのか要らないのかと吉兵衛が聞くと、男は「ごぜえましたら、茶飯をくだせえ。それから、酒は、安いのがいいんでなぁ、それを三合ほど…」と言うので、茶飯と、にごり酒を誂えてやることにして、お花が座敷を勧めると、男は何べんもお辞儀をしながら衝立のこちら側の座敷に座り込んだ。
お花が田舎男の分の酒を火で温めているうち、軒先に居た四十過ぎの男は勘定を吉兵衛のまな板の横に置いて帰り、店の中は職人連中三人と、田舎男一人になった。

吉兵衛がすぐに出来た茶飯をお花に渡し、酒の入ったちろりも膳に乗せてお花が座敷へ運ぶと、「ありがとうごぜえますだ」と田舎男はにこにこと愛想良く笑った。お花は「いえ、また御用のある時に…」と言い置いて席を離れていったが、胸の前で手を合わせ、しきりに周りの目を気にして、どうやら恥ずかしがっているようだった。

はぐはぐと茶飯を貪りながら、田舎男はちろりの中の酒を半分ほど飲み切ると、生き返ったようにほんわりと微笑んで、ふと目が合ったお花に、またぴょこっとお辞儀をした。お花は、江戸で一等のいい男とも言えるような男の前で顔を真っ赤にしてしまい、曖昧に微笑んでから、居た堪れなさそうに斜めに俯く。


それらの様子を、男が背を向けた衝立の向こうから留五郎が覗き込んでいて、にやにや笑いながら「よう、若えの。いい食いっぷりだな」と声を掛けた。驚いて田舎男が振り向くと、気の荒そうな職人らしい留五郎と顔を合わせたので、咄嗟に男は「へえ、すみません」と済まなそうに笑った。
「何、済まねえこたぁねえ、偉えモンだ。それに、もう酒も半分は飲んだだろう。どうだい、俺達の座敷へ来ねえかい」
「へ、へえ…」
留五郎は衝立の影から出てくると田舎男を手招きして、「いいよなあ?おめえら!」と、三郎と与助に声を掛けた。与助は泣くのをやめていて、三郎もちょっと仕方なさそうに頷いた。二人も、この美貌の田舎男の素性が知りたくて仕方ないらしかった。

「えーとぉ…職人さんだかぁ?」
男は、大人しくて物分かりが良さそうだと思ったのか、与助にそう聞きながら、自分の分のちろりを座敷に置くと、前掛けを片手で払って正座をした。与助は「そうだ、俺達ぁ紺屋の職人だ」と、いくらか重々しくそう答えて、どうやらとびきりのいい男に負けないようにと頑張っているようだった。
「まあまあ足を崩しなよお前さん。俺は留五郎。こいつぁ与助で、そっちが三郎だ。お前さんはなんて名だい?」
「へえ、ありがとうごぜえますだ。おらは、又吉と言いますだぁ」
そう言ってにこりと笑い、男はまた前掛けを気にしながら足を崩して胡坐になった。
「どこから来たんでい」
「へえ、下総の方から来たんでぇ」
「いくつになるんでい?」
「十六ですだ」
「そうか。江戸へは、奉公かい」
「へえ。二親に死に別れましてなぁ、働き口がねえとなりませんから、江戸へ出ればそれにありつけると思いましてなぁ…そんだらこって…」
「で、仕事はどうだい」
そう留五郎が聞くと、又吉といった男は急に黙り込んで俯いてしまったが、三人の顔をちらりと不安げに見てから、ぽそぽそとまた喋り出した。
「それが…今日番頭さんに叱られて、飯抜きだ、門限まで帰って来るなって、おっぽり出されましてな…ちょうど昨日頂いたお給金の残りがあったんで、ここは飯屋だと思って、入って来たんでごぜえます…」
又吉はしょんぼりと肩を落としてそうつぶやくように話した。その様子が芝居で申し開きをする二枚目そのもののように見えたので三人は少しの間見惚れていたが、三郎が始めに気を取り直す。

「それぁ大変だ。俺達ぁまだ銭を使い切っちゃいねえ。もう一皿食わせてやるから、元気を出しな」
留五郎と与助も、三郎の言うことにこくこくと頷いた。
又吉は一生懸命に「そんなことをしてもらっちゃあ、申し訳がねえですから」と謝っていたが、吉兵衛は烏賊のワタ焼きと柏と里芋の煮たのを作り、三人が頼みなおした五合の酒と一緒にお花がそれを運んだ。