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やまぐちひさお
やまぐちひさお
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キャンディーしかないお菓子屋さん 第一話 同級生キャンディー

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マサルという言葉を聞いた欲鬼は急にあわてだした。その様子をドアの隙間からうかがっていたみいこのマサルは、うんっと一息気合を入れると、握っていたドアノブを思い切り内側に押した。ドアが全開になった応接間では欲鬼があわてて立ち上がっていた。
「マサルっ、 早く出て行くにゃ。 おみゃーはじゃまだから早く出て行くにゃ!」
キンキン声をさらに高くして欲鬼が怒鳴った。
マサルは興奮していたので、その顔はさっき走った時の汗に加えてさらに汗をかき、まるで頭から水をかぶったようになっている。
マサルはみいこの得意なポーズ、つまり両足を肩幅くらいに開いて腰に手を当てるポーズを取ると、大きく息を吸い込んで欲鬼に怒鳴り返した。
「うるさい!この欲鬼めっ! お前はタエちゃんに乗り移ろうとしただろう。偶然手に入れた不幸の種を使ってお前は自分の力をパワーアップしてタエちゃんの両親をお金の亡者にした。そのうちにそのお金を取り上げて不幸のどん底に落としいれようとしているんだ。お前の悪巧みはこのマサルと元気美人のみいこと天使の見習い慎之介が許さないぞっ!」
すらすらとはいかなかったが一応さっきから考えていたセリフをちゃんと言えた。
「なんだよそれ?」
慎之介は天使見習いというのがちょっと気にさわったらしくふてくされてつぶやいた。
「にゃんだこの猫はっ! 言葉をしゃべったぞっ」
欲鬼は慎之介が急に人間の言葉をしゃべったので驚いて飛び上がった。タエもおどろいて大きな口をポカンと開けている。
欲鬼がどんな力を持っているかわからないマサルたちは注意しながら欲鬼に近づいた。
「おみゃーらっ!」
欲鬼が急にソファの上に立ち上がった。驚いたマサルと慎之介が歩みを止める。
「ち、近づくでにゃー!」
欲鬼はあと三歩くらい近くまで寄ってきていたマサルに向かって背広の内ポケットから取り出したナイフを投げつけた。危ないっ、と思ったマサルはナイフを見た瞬間すばやく身体を横にひねって投げられたナイフから身をかわした。ナイフは壁に突き刺さった。
その拍子に顔いっぱいにかいていた汗がはじけ飛んで欲鬼の足に少しかかった。
「ギャア~!」
突然欲鬼が大声で叫んだ。襲ってくるのかと思ったマサルは思わず欲鬼の方に体の正面を向けて身構えた。しかしマサルが見たものは汗がかかったらしい部分を押さえて痛みにもがいている欲鬼の姿だった。汗がかかったズボンのひざの辺りからジュウジュウという音と共に白い煙が出ている。
「みいこ! 汗だっ、こいつは汗に弱いんだ。もっと汗をこいつにかけてやるんだ!」
慎之介はマサルの方を見て大声で叫んだ。それを聞いたみいこのマサルはムギュっと欲鬼に覆い被さると、両手で自分の顔をこすり、手のひらいっぱいに汗をなすりつけて、その両手を欲鬼の顔にペタリとくっつけた。
「グワァ~、ギヤア~」
欲鬼は絶叫した。マサルが手を離した両側の頬は真っ赤に腫れて白い煙をじりじりと上げている。応接間の中に髪の毛が焦げたような悪臭がただよう。欲鬼の胸元にすばやく慎之介が飛びかかり、顔をおおっている欲鬼の手の甲をガリガリと引っかいた。
 応接間が騒々しいのであわてて飛んできたタエの両親がドアから中を覗き込んでいる。。
「こ、こらっ、先生に何をする。やめろ、やめなさい」
大きな声で叫んでいるが、欲鬼の焼け爛れた顔を見て恐がって中には入って来れない。
「このやろう、早く不幸の種を出すんだ。でないとマサルの汗をもっとつけてやるぞっ」
慎之介は両手をガリガリと引っかきながら欲鬼に向かって叫びつづけた。
「わ、わかった、わかった。種はこの服のポケットだ」
「みいこ早く、早く種を取り上げてっ!」
慎之介の叫びを聞いたマサルは欲鬼のスーツのポケットを探った。そして上着の右ポケットに入っていた小さな丸い玉をつかむと慎之助の方に手のひらを開いて見せた。その手のひらの上には黒い色をしたピンポン玉くらいの大きさの不幸の種が乗っていた。
「それだっ! ちゃんと持ってるんだよっ」
慎之介はそう言うと欲鬼の体からパッと身体を離した。慎之介から開放された欲鬼はまだうめいていたが急におとなしくなった。着ていた背広は自然に剥がれ落ち、身体がだんだんと縮んでいく。そのうちに半分くらいの大きさになったかと思うと、その姿は小さなやせこけた鬼の姿に変身していた。人間の顔をしていた皮が全部むけてしまったのか、もう顔や足に痛みは感じないようだ。
「ふんっ、おみゃーら。好き勝手な事をしてくれたにゃ。今日のところはマサルの汗に負けたがこのままではすまにゃーぞ。覚えておくにゃ」
そう言って窓の方へゆっくりと後ずさりして右手の指を前に突き出した。その人差し指と親指の間には今取り上げた筈の不幸の種があるではないか。
「な、なにっ?!」
マサルと慎之介は同時に叫んだ。マサルはあわてて自分の手に握った種を確認した。そこにはちゃんと不幸の種が一つある。
「にゃははっ、俺様はな、不幸の種を二つ持ってたんだ。この種をおみゃーたちへの復讐に使ってやるからにゃ。楽しみに待ってるんだにゃ」
捨てぜりふをはいた欲鬼はそのままジャンプして庭に面したガラス窓をこなごなに割ると表に飛び出した。そしてものすごいスピードでどこかへ行ってしまった。
慎之介とマサルはどちらからともなく近づいてしっかりと抱き合った。
「やったね」
「ウン、ありがとうみいこ」
慎之介の目には涙が光っていた。
「でも、もう一つ持ってたんだねあの欲鬼」
「ああ、でもこれに懲りてしばらくは悪い事はしないと思う」
「だけど慎之介、どうして欲鬼はマサルの汗が嫌いだったんだろう?」
「そうだね。どうしてかなあ?」
「それは私が説明しましょう」
欲鬼との戦いですっかり忘れていたタエのお父さんが部屋に入ってきながら口を開いた。お父さんの顔はさっきまでと違い、やさしい顔になっていた。
「欲鬼がいなくなって私たちも夢から覚めたようです。本当にどうかしていました。あの欲鬼が私達の家に近づくようになってから私達はお金がすべてと思うようになって、だんだんと自分で働かずに、誰かをだましたり、誰かを利用したりしてお金を稼ぐ事が一番正しい事だと思うようになってしまったのです。でもそれでタエを苦しめていた事にやっと気付きました。今まで本当にどうかしていたのです」
横で聞いていたお母さんもタエに駆け寄るとしっかりとタエを抱きしめて泣いている。
「タエ、ごめんね。本当にごめんね。お母さんたちを許してね」
タエもお母さんたちが元に戻ったうれしさと今目の前で起こった事の恐さで大声で泣きながらお母さんにしがみついた。
「それで汗の話はどうなったの?」
慎之介がお父さんに問いただした。
「はい、それで欲鬼がマサル君の汗を嫌ったのはマサル君がおうちの仕事のお手伝いをいつもよくして、一生懸命荷物を運んで汗をかいていたからなんです。先生、いやあの欲鬼は働く人間や一生懸命何かをやっている人間の汗が大の苦手だったんです。マサル君が頑張り屋さんだという事を、この前遊びに来たマサル君を見たときに直感で感じたんだと思います。それで今日も絶対にマサル君は家に入れるなと命令されていたんです」