キャンディーしかないお菓子屋さん 第一話 同級生キャンディー
「ふむふむ、なるほどにゃ。タエももう四年生だからにゃ。そろそろお金様のありがたみをわかる年頃かもにゃ…。よし、今夜タエにお金様のありがたみがわかるようにわしが乗り移ってやろう。そうすればおみゃーさんたちも将来安心だにゃ」
「ありがとうございます」
タエのお父さんとお母さんはテーブルに頭を擦りつけて欲鬼に何度もお礼を言った。
「だがにゃ!」
ひと時の間があって欲鬼が口を開いた。
「今夜は絶対にタエの友達が家に来ないようにするんにゃ、いいにゃっ! この前来ていたマサルとかいうガキ、あいつにゃんかぜーったい、遊びに来させるんじゃにゃーぞ。見ているだけで腹が立つからにゃ」
「よっしゃー!」
何を思ったのか窓枠にかけていた両手を離してガッツポーズをとった慎之介はそのまま窓の下へまっさかさまに転がった。
「ふうーん、それでその欲鬼は、今夜タエにも乗り移るって言ったのね?」
「ああ、僕は驚いたよ。もう間に合わないのかなってあせってね」
慎之介は猫のくせに、みいこが持ってきたアイスクリームを舐めながら話していた。
「でもね、みいこ。いい方法が見つかったんだよ」
真剣な顔をして慎之介が顔を上げてみいこに話しかけた。だがクリームがいっぱい口の周りに付いているので、あまり真剣な顔には見えなかった。
アイスクリームを食べるのに忙しくて慎之介の話を適当に聞いていたみいこがふと真面目な顔になって慎之介の顔を覗き込んだ。みいこの顔もアイスクリームがいっぱい口の周りについているのであまり真剣には見えない。
「マサルだよ。キーワードはマ・サ・ル」
「マサル?」
不思議そうな顔をするみいこの耳元で慎之介は何かヒソヒソと話し始めた。みいこの髪に慎之介の口の周りのアイスクリームが付いたのにみいこは気付かなかった。
「ふうん、そうかあ、マサルが苦手なのかあ」
髪についたアイスクリームをティッシュペーパーで拭きながらみいこはつぶやいた。
アイスクリームを付けたので頭を一発叩かれた慎之介はおでこをさすりながら頷いた。
「なぜかすごく嫌がってるみたいだった。でもそのマサルって言う子はどんな子なの?」
「マサルは酒屋の息子ですごく太ってて、いつも汗をかいてるんだけど運動は得意な子だよ。 あだ名は横綱。時々家で配達の手伝いとかしてなかなかいい子だよ」
「そうか、でもそれだけじゃどうして欲鬼が嫌ってるのかわからないなあ」
「まあいいんじゃないの。欲鬼が嫌っている事はわかったんだから。やっぱりマサルに登場してもらった方が何か役に立つと思うんだけど。そう思わない慎之介?」
それから五分後、みいこはダダダッと階段を駆け下りた。慎之介を見たお母さんが驚いて青い顔をしているのも気にせずに、慎之介を肩に担いだままおばあさんのお菓子やさんまで一度も休まずに駈けて行った。
どたどたとお店の奥に駆け込んだみいこは大声で叫んだ。
「おばあちゃん、作戦は決まったよ。早くキャンディー作って! 同級生キャンディー」
みいこのあまりの勢いに驚いたおばあさんは、ふたりを落ち着かせて話をじっくりと聞くと、わかったと一言つぶやいて隣の部屋に入っていった。そしてしばらくしてから出て来たおばあさんの手には大粒の茶色いキャンディーがキラキラと光りながら乗っていた。
「ハイみいこちゃん、おばあちゃん特製の同級生キャンディーだよ」
みいこは大きく頷くと、慎之介の方をちらりと見た。みいこの足元で前足を真っ直ぐに伸ばして座っていた慎之介はみいこの目を真っ直ぐに見つめると、大きく頷いた。みいこは慎之介にニッコリと微笑みかけると、大きな同級生キャンディーを口の中にぽいっと放り込んだ。慎之介とおばあちゃんの顔を交互に見るみいこは不安で今にも泣き出しそうな顔をしていた。
【その4】
みいこは電話もせずに突然友達の家に行くことを少しためらっていた。それもみいこ自身が行くのではなくて、あの暑苦しい汗っかきで太った同級生のマサルが一人でタエの家に行くことをためらったのだった。もちろん、このマサルはみいこがおばあさんの魔法のキャンディーを食べて変身したにせもののマサルだった。だがタエを助けるためにはどうしても今日タエの家に行かなくてはならない。そう決心したみいこのマサルはタエの家の門の前に立った。
大きな門の横のボタンを押すと上品なチャイムが家の奥から小さく聞こえてきた。マサルはもう額から汗をタラタラと流している。
「ねえ、慎之介」
「なに?」
「あたしさあ、すっごく暑いんだけど。マサルっていつもこんなに暑いのかな?」
「まあ、それだけ太ってれば真冬の雪の中でも暑いと思うよ」
みいこがかわいそうだと言うような口ぶりであったが口元がニヤリと笑っている。
「慎之介おぼえときなさいよ」
ゴクリとつばを飲み込む音が慎之介の喉から聞こえた。
みいこのマサルが顔の汗を、持ってきた小さなタオルで拭い終わった時、門に向かって誰かが歩いてくる音が聞こえた。 下駄をはいているのかカラコロという音が近づいてくる。
「どちら様ですか?」
門の内側から女の人の声が聞こえた。みいこはその声を聞いてお手伝いさんのサエさんだとわかった。何度か遊びに来た時にお菓子を出してくれたやさしそうなお手伝いさんだ。
「は、はい、あたし、いや僕はタエちゃんの同級生のマサルです。塩崎マサルです。タエちゃんはいらっしゃいますか?」
「あっ、あのう、今日はちょっと立てこんでおりまして…」
門の横の木戸を開けて顔を出したサエさんは困ったような顔をしている。きっと欲鬼に言いつけられたお父さんかお母さんが友達は断るようにとサエさんに命令したに違いない。
このままでは家に入れてもらえないと思ったマサルは突然大きな声で叫んだ。
「タエちゃん、あーそぼ!」
「あっ、マサル君、今日はタエさんは都合が悪くて」
サエさんはあわててマサルに向かって声を張り上げた。その時だった、誰かが駈けてくる足音が門に近づいたと思うと、ギイッと大きな門が内側に開いた。
「何よサエさん。私別に都合悪くないわよ。さあはいっておいでよマサル君」
門の内側にタエがニコニコして立っている。
「マサル君今日は一人なの? 裕二たちは塾?」
などと言いながら嬉しそうに家の方にマサルを誘った。困った顔をしているサエさんを見て申し訳ないなと思いながらみいこのマサルはタエの後について歩いた。
「ねえ、あれマサル君のネコ?」
タエはマサルの後からトコトコと付いて来る慎之介に気付いて指差した。
「あっ、うん慎之介っていうの」
「かわいー。おいで慎之介」
タエが呼ぶと、のどをゴロゴロ鳴らしながら慎之介がタエの足元にまとわり付いた。タエが抱き上げると、慎之介はうれしそうにタエのほっぺに頭をこすりつけている。それを見たみいこのマサルはちょっとむっとした顔をして慎之介を睨みつけた。
「そのネコあんまり利口じゃないから気をつけなよ。すぐおしっこするし」
マサルは少し怒った声でタエに言うと太った身体でのしのしと歩き始めた。
タエは慎之介を抱いたまま勝手口から家に入り、マサルもこんにちはと言いながら家に上がらせてもらった。タエの両親は出かけているらしく、家の中はひっそりとしている。