キャンディーしかないお菓子屋さん 第一話 同級生キャンディー
「本当? よかった。でも自分ちだけ無いからって喜んじゃいけないんだけどね」
「なかなかいい事を言うねみいこちゃん」
おばあさんが口を挟んだ。まあね、とみいこは自慢気に鼻をピクピクッと動かした。
「それで今度はみいこと関わりのある人たちの不幸の種を探したんだ。そうすると驚くほどたくさんあった。いろいろな不幸を背負っている人がいっぱいいるんだなって僕は驚かされたよ。学校では習ったけど、いざ自分の目で見ると、本当に天使の役目って大変なんだなと思った。だから僕は絶対に立派な天使になってみんなの不幸の種を全部取り除いてやるって心に決めた。今まで僕は天使になる事を簡単に考えすぎていたと実感したからね。だからそのためにまずは天使になるために、みいこの協力がどうしても必要なんだ」
慎之介は真剣な眼をしてみいこを見つめた。慎之介の話を神妙に聞いていたみいこはしばらく考え込んでいた。
おばあさんが入れてくれた3杯目のココアを飲み干すと、みいこは右手の甲で口についたココアを拭い、慎之介に向かってニッコリと微笑んだ。
「慎之介、ドーンだよ」
「何だよ、ドーンって?」
「ドーンと任しといて。慎之介を早くお空の上へ帰してあげるよ」
みいこは小さな右手のこぶしで自分の胸をどんとたたいた。
「本当?」
慎之介はテーブルの上をみいこの方まで近づいてくるとテーブルの上に置かれた彼女の左手を自分の両前足で押さえてぎゅっと握った。
「いてて、痛いって慎之介」
「アッごめんごめん、うれしくてつい爪を立てちゃった」
「もう~気をつけてよ」
みいこは引っかかれた手の甲をさすりながらおばあさんに話し掛けた。
「ねえおばあちゃん。じゃあ最初は誰の不幸の種を取るの?」
「それはまずこの子からじゃ」
おばあさんはそう言いながらテーブルクロスの下に入れてあった写真を一枚みいこの前に置いた。
「どれどれ、あっこれタエじゃない。どうして? ねえどうしてなの?」
「どうしてって、その子、君の同級生のタエって子が不幸の種を持ってるからじゃん」
「でも慎之介、タエは学校で一番お金持ちのお嬢さんでとっても明るくていい子なんだよ。みんなにも好かれてるし。あの子に不幸の種なんて関係ないと思うんだけど」
「みいこわかってないなあ。いいかい、お金持ちだから幸せだとか、貧乏だから不幸だとかそういう問題じゃないんだよ。不幸の種を持った人はその状況や環境がどうであれ不幸になっていくんだよ。特にタエっていう子の家にある不幸の種は自分では取り返す事の出来ない奴の手に渡っちゃってるんだよ。欲鬼っていう名の鬼にね」
「よっき?」
「そう、人間の欲望に付け込む鬼、たちが悪いんだこいつは」
「でもタエはそんなに欲張りじゃないよ」
「ああ知ってる。その鬼はタエの両親に取り付いたんだよ」
【その2】
おばあさんのお菓子屋さんを出たみいこはすっかりコンビニに行く事を忘れてしまって、そのまま家に向かって歩いていた。慎之介もみいこと並んで歩く。商店街のさっき来た道を戻りながらみいこと慎之介は作戦を立てていた。
「ねえ慎之介、もし私が魔法のキャンディーを食べるとどうなるの? さっきおばあちゃんに聞くのを忘れちゃった」
みいこがおばあさんからお土産にもらった普通のキャンディーを一つ口にほうばりながら慎之介に聞いた。キャンディーはすごく美味しくて、みいこの顔は知らない間にスマイルの絵文字のようになっていた。
「なんだ大切な事を忘れたんだなあ。あのね、おばあちゃんが作った魔法のキャンディーを食べると何にでも変身出来るようになるんだよ。でもね、ここが問題なんだけど、ただ自分がなりたいからっていう理由で、たとえばアイドルの姫野モモに変身しても、もしそれが誰かのために役に立たなければそのまま元の姿に戻れなくなってしまうんだ。みいこはそのあと一生、姫野モモとして生きていかなくてはならなくなる。もちろんお父さんやお母さんも姫野モモがみいこだとはわからない」
美味しいキャンディーを食べて絵文字になっていたみいこの顔が慎之介のその
言葉を聞いて、フッと真剣な顔に戻った。
「あたしが…あたしじゃ…なくなるの?」
慎之介は立ち止まると、みいこの方を見上げて静かに首を縦にふった。
「そんな、そんなのって…」
「ねえ、お嬢ちゃんどうかしたの? 迷子になったの?」
気が付くと商店街に買い物に来ていた知らないおばさんが心配そうにみいこを見ていた。
「あっ、ううん大丈夫、ありがとうおばさん」
みいこはそう言うとあわてて慎之介を抱きかかえて走り出した。
家のすぐそばまで来てみいこは慎之介を地面に下ろすと、ひざを曲げて顔を近づけ、小さな声でささやいた。
「慎之助、よく聞くんだよ。うちのお母さんはすっごいネコ嫌いだから。絶対にお母さんに見つからないようにしないとだめだよ。お母さん、キティーちゃんだって嫌いなくらいだから絶対だよ。あたしはとりあえず家に入るから慎之助は後からあたしの部屋の窓に来て。ホラ、二階のあの部屋ね」
みいこが指さす部屋を確認して慎之助は頷いた。
「あたしが部屋に行って窓を開けるからね。わかった?」
慎之助は二度目の頷きをみいこに返した。
「ただいまーっ!」
いつもより大きな声を出しながらみいこは家の玄関を開けた。
「あっ、おかえりみーこ。ねえ、ちょっとこれ手伝ってくれない?」
「ア、ウン。ちょっと待ってね。トイレ行ってからね」
あわててごまかしたみいこはパタパタッと階段を駆け上がると自分の部屋に駆け込んだ。一目散に窓のところへ行くとガラガラッと窓を一気に開けた。
開け放した窓の外を見ると慎之助が窓のすぐ下の瓦の上に首を傾げてちょこんと
座っているのが見えた。
「早く入って慎之助」
みいこは慎之助を部屋に入れて、これからお母さんのお手伝いをしなければならない事と、絶対に部屋から出て家の中をうろうろしない事を言いつけて階段を降りていった。
夕食をいつもより早く食べ終えたみいこは自分の食器を流し台に出すふりをして、さっきお手伝いの時にこっそり隠しておいたご飯とかつおぶしを服の下に隠すと、急いで二階の自分の部屋に入ってドアを閉めた。
「慎之助っ、どこにいるの? 慎之助っ」
みいこは自分の机の上にご飯とかつおぶしを置くと周りを見回して慎之助を探した。
ふと自分のベッドの上を見ると、慎之助はみいこの枕に頭を乗せて首のところまでしっかりと布団をかけて眠っていた。おしゃべりをする猫にしてはかわいい顔をして眠っている。みいこはその寝顔を見てなんだか起こすのがかわいそうになり、そのまま歯を磨くために洗面所に向かってそっと歩いていったのだった。
今大人気の五人組男性ボーカルグループ『スコンブ』のボーカル、ケイ君のしなやかな掌がそっとみいこの頬を撫でている。いつもテレビで見る爽やかな笑顔で彼女の寝顔を覗き込んでいる。
「う、うん。おはようケイ君…むにゃむにゃ…」
ケイ君はまだ起きようとしないみいこを見つめながら微笑を口元に浮かべている。
「ケイって誰だよ?」
突然、ケイ君の声と全然違う無愛想な声がみいこの耳元で聞こえた。