キャンディーしかないお菓子屋さん 第一話 同級生キャンディー
みいこは、ネコの慎之介が人間だったという事や魔法のキャンディーを作る不思議なおばあさんの事をよく考えてみた。 慎之介を助けるという事の意味も考えてみた。
しばらく考えた末、 頭にポーンと電気がついたみたいに、突然彼女には事情がわかった。
「あっ、わかった。おばあちゃんは魔女でしょ? それもいい魔女なんだ。それで慎之介は本当はどっかの王子様で悪い奴にネコにされちゃったんだ。それを助けるには近所で一番人気者で可愛い女の子に魔法のキャンディーを食べさせて、それから、え~と、それを食べると魔法の国へ行けて、慎之介と一緒に悪い魔法使いをやっつけるんでしょ。そうしたら慎之介も元の王子様に戻ってめでたしめでたしってそういう話でしょ?」
一気に話し終えたみいこは自信満々の顔で両足を肩の幅くらい開き、腰に両手を当ててえらそうに立っている。
しばらく沈黙が流れた。
みいこは自分が言った事がズバリだったのでおばあさん達は驚いて何も言えないのだろうと確信した。と突然、沈黙を吹き飛ばすような大きな笑い声が響いた。
「ウワッハッハ、何だそれ、ア~おっかしい、キャハハハ」
慎之介は笑い転げておばあさんの手から地面に落ちてしまった。でもそこはネコの事、ストンと着地すると再び地べたでお腹を抱えて笑いつづけている。おばあさんも声には出さないが肩がヒクヒクと動いているので笑っている事がわかった。
「何よ、二人とも失礼ね! 人が一生懸命考えたのに」
「ククッ、いやあ悪い悪い、あんまりさあ、よくあるファンタジーやおとぎ話みたいな事を言うからさぁ。おかしくなっちゃって。ごめんごめん」
慎之介はそう言いながらまだ笑っている。
「何よ失礼な奴だなあ。違うって言うの?」
みいこの顔が少し赤くなった。そこへおばあさんが口をはさんだ。
「いや、まったくはずれている訳でもないんじゃ。これ以上みいこちゃんをいじめても仕方ないから事情を説明しよう。まあ中へ入りなさい」
おばあさんはそう言うとお菓子屋さんの奥の部屋にみいこを誘った。
奥の部屋は床が板張りになっていて真ん中には丸いテーブルがひとつと椅子が四脚置いてある。どうやら隣の部屋がキャンディーを作る部屋のようだった。
椅子に腰掛けたみいこにおばあさんは温かいココアを出してくれた。とってもおいしいココアだった。ココアを飲んで一息ついた後におばあさんが話し始めた。
「実はな、みいこちゃん。さっきお前さんが言った事はまんざらはずれている訳でもないんじゃ。この慎之介はな、さっき人間をやっていたと言った通り、13歳の男の子だった。だがある日、交通事故で大きなダンプカーに潰されて死んでしまった。生きている時はとても優しくていい子だったので、死後は天使になる機会を神様から与えられたのじゃ。そのためには天使養成学校に通わなくてはならない。そこで天使になるための勉強をして、いろいろな訓練を受ける。そしてその学校をよい成績で卒業できた者だけが天使になる資格を与えられる。むろん天使になってからも修行は続くがな」
「ふうん、ダンプに轢かれたんだ、痛かったろうね…」
テーブルの下でお皿に入ったミルクをふてくされながら飲んでいた慎之介が、ふとみいこの方を見上げると、みいこは目の玉が落っこちたんじゃないかと思えるくらい大きな涙をテーブルの上にポタリとこぼしている。
慎之介は自分のために泣いてくれている彼女を見て少し機嫌がなおったようだ。
「でもどうして天使になるはずの慎之介がネコになっているの?」
「それなんじゃ問題は。実はな、慎之介が養成学校をもう少しで卒業という時に、天使の採用試験に合格した事が先生から伝えられた。それでこいつは嬉しくって
実習室中を走り回ってはしゃいでな、その時に教室にあった標本のビンを落として割ってしまったんじゃ」
「何の標本? 理科室にあるようなトカゲとかのホルマリン漬けのやつ?」
「いいや、慎之介がこわしたビンにはな、特殊な薬で漬けた不幸の種が入っておった」
「不幸の種?」
「そう、不幸の種」
テーブルの上にスルリと登ってきた慎之介が口をはさんだ。
「その中には五種類の不幸の種が入っていた。不幸の種っていうのは小さくて丸くてちょうどピンポン玉くらいの大きさなんだよ。それがビンが割れた拍子にはずんでドアの隙間から2個飛び出しちゃったんだ。僕はとっさにその種を拾おうとしてドアの隙間に入れるようにネコに変身した。これは天使には必要ない術なんだけど一応学校で習うんだよ。それでとっさにネコになってドアの隙間をすり抜けた、それが失敗だったんだ。そのまんま雲の隙間から人間界にまっさかさまさ。たまたまネコだったから大きなケガはしなかったけど、ちょっと足をくじいちゃったんだよ。僕が人間界に落っこちた事を知った校長先生がその後すぐに連絡して、僕を助けてくれたのがこのおばあちゃん。おばあちゃんも昔は天使だったんだよ。今は引退してキャンディー作ってるけどね」
「あはっ変なの、天使でも引退なんかするの?」
「そりゃそうさ。世の中にあるものにはすべて寿命というものがある。神様だって天使だってそうさ。みんな神様は不滅だとか思ってるけどそんな事はない。ただ人間より寿命が長いだけさ」
「ふうん、そうなんだ。それで慎之介はその不幸の種を見つけたの?」
「それがまだなんだ。でも人間界にはいっぱい不幸の種があるからそれを2つ持って帰ればいいって校長先生に言われた。でもそれには一つ条件があってさ、月食の夜に外へ出て、月が完全に隠れた後、一番最初に出会った人間とかかわりのある誰かから不幸の種を取ってこなくてはならないんだ。それもその出会った人と協力して種を取ってこなければならないって言うんだよ。いろいろと注文が多いだろ」
慎之介は一気に話したので喉が渇いたのかみいこのココアをペロペロと舐めた。
みいこがちょっと嫌そうな顔をしたが、慎之介は気にせずに話を続けた。
「それでこの前の月食の夜、僕は表に出て月が隠れるのを待っていた。そして月が完全に隠れてあたりが暗くなった時に角から曲がってきたみいこと鉢合わせしたって訳さ」
「月食の日の夜って私どこにいたっけ? あっそうだお母さんと清水さんのおばさんちに行ってて、帰りに駅前のファミレスでハンバーグ食べてきたんだ。お母さんはなんかお魚のムニエルみたいなのを食べて、それでデザートはケーキがいい? ってお母さんが聞いたから私は、いやプリンのバナナボートがいいって言って、それから…」
「ちょっとみいこ。まだ話が終わってないんだけど」
「あっそっか、ごめんね慎之介。いいよ続けて。それでどうしたの?」
「調子狂っちゃうなあ。それでね、僕はみいこの力を借りなくちゃならないって事になったから、そのあと君の事をちょっと調査したんだ。学校に行ってる時とか友達と遊んでる時とか。みいこには絶対わかんないように見張ってた」
「きゃはは、ネコの慎之介隠れるのヘタだなあ。しっかりあんたの事見えてたよ。なんか変なネコだなあって思ってたんだ。なるほどそれでわかった」
みいこは一人で納得したように首を何度も縦に振った。
「ちぇっ、隠れて損したな。まあいいや、とにかくみいこの家には不幸の種はないんだよ」