北へふたり旅 26話~30話
労せずして得たごちそうに百姓は、おおいに満足してしまう。
次の日から鍬を捨てる。
日向で頬づえをつき、うさぎがやってくるのを待つようになる。
切り株にうさぎがぶつからないか、ただひたすらぼーっと
『待ちぼうけ』の日々を過ごす。
来る日も来る日も『待ちぼうけ』。
ただただ切り株見つめて、ウサギが来るのを『待ちぼうけ』。
しかし獲物はいっこうにあらわれない。
いつしか手入れをしない畑は荒れ放題。
我に返ったときは、もう手遅れ。畑は荒れ野と化していた。
国中の笑いものになった百姓の末路をうたった童謡、待ちぼうけ・・・
「いまのあたしの顔は、皺だらけ。
若い頃はね、こんなじゃなかった。張りがあった。
百姓仕事ばかりしているうち、ひからびちまった。
休みもとらず、ひたすら野良に出て、番頭のようにはたらき過ぎたせいさ。
このまま何の楽しみもなく、ただ歳をとっていくんだ。
あたしはね」
シゲ婆さんは番頭を、勘違いしている。
番頭は商家の使用人のうち、店の万事をとりしきる、頭(かしら)をさす。
丁稚(でっち)や手代(てだい)と言うならわかる。
番頭は、商店の使用人の頭(かしら)だ。
手代たちを統率し、主人に代わり店の一切のことを取りしきる。
本人は下っ端のようにこき使われている、と言っているつもりだろうが、
それなら「野良丁稚」か、「野良手代」と言えばいい。
それなのになぜか勘違いし、番頭をあてはめる。
「あたしがこの家のNO-2だよ」と威張っていることになる。
だが本人はそのことに、いっこうに気がついていない。
ことあるごと、「あたしゃこのウチの野良番頭さ」を繰り返す。
そんな野良番頭に、ピンチがやってきた。
それがベトナムからの実習生たちだ。
60歳半ばにしてまさか外国人実習生と、働くようになるとは
夢にも思っていなかった。
3月にはいり、テプとドンがやってきた。
さらに半年遅れて、3人目のトンがやってきた。
ひとが集まり始めると、勢いがつく。
いままで誰も来なかったのに、農協経由で30歳代の男性が
「使ってください」と履歴書持参でやってきた。
聞けば大学卒だという。
20代のベトナム実習生が3人。さらに30歳代の日本人男性。
シルバ―世代ばかりだった農場が、いっきに若返った。
この頃から、シゲ婆ちゃんのトップの座が微妙になってきた。
(30)へつづく
作品名:北へふたり旅 26話~30話 作家名:落合順平