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亨利(ヘンリー)
亨利(ヘンリー)
novelistID. 60014
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このコーヒーを飲み終えたら

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「脱線事故?」

「ええ、3か月前の寒い日。何者かが置き石をしたあの事故ですよ。多くの方が亡くなりました。私のところにも精神的ダメージを受けた患者んさんが、今も通って来られています」
「いえ、私はその事故とは無関係です」
「そうですか、でもそれくらい心に問題を抱えておられるようにお見受けしました」
「私の悩みなんか、その事故の患者さんに比べたら、大したことは」
「ほう、どういった悩みです?」
達也はこの医者の男性に、少し問題を打ち明けてみようかと思った。
「実は、妻とうまくいってませんで、息子とも会話が出来なくなっているのです」
「そうですか、それは切実な悩みですね。解ります。奥様はお仕事はされているのですか?」
「いえ、妻は妊娠を機に会社を辞めてから、もう10年以上、仕事をしていません」
「ははは、有閑マダムというわけですか」
町田医師は微笑みながら、達也の座るベンチに腰かけた。
「ふふ、妻が昼間どうしているのかなんて、全く知りません。顔を合わせても会話がないですから」
「服装や化粧が派手になったとか、気になることでもあるんですか?」
達也は黙った。妻の浮気? 妻からそんな素振りなど感じたことはなかった。全部自分の不甲斐なさからくる間違った想像であってほしいと思う気持ちを、言葉にできなかったのだ。
「一人で悩んでても健康に良くありません。一度カウンセリングにお越しください」
「カウンセリングですか?」
「ええ、私の専門ではないんで、木曜日の休診日の晩に集まってもらって、無料で開催しています」
「へえ、無料で。どういった患者さんが多いんですか?」
「守秘義務があるので具体的には言えませんが、ご本人の口から悩みを語ってもらって、それぞれの不安を共有することで、気を強く持ってもらおうと思っています」
「それでよくなるもんですか?」
「精神的な病気が、気の持ちようだとしたら、かなり効果があると思います」
達也は再びグランドのサッカーに興じる子供たちを見た。しかし、もう先ほどの女の子はいなかった。周囲を見渡しても、もうその子の姿は見付けられなかった。