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亨利(ヘンリー)
亨利(ヘンリー)
novelistID. 60014
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このコーヒーを飲み終えたら

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日曜日の朝



 水道の蛇口にコップを付けて水を汲んだ。達也はその中の水泡が落ち着くのを見ながら、じっくりと味わうように喉に流し込んだ。いつもの通りコーヒーを飲もうかと迷ったが、まだ寝ぼけて頭が冴えないので(まあいいか)と。
 家族とのコミュニケーションがうまくいっていないと、重たい気分になる。それも(まあいいけど)などと考えてしまうのは、本心ではなく、諦めとも反抗心とも言える。結局のところ、家での行動すべてにおいて意欲が湧かないので、外に出ることが増えてしまうのだが、達也はパチスロなどで時間つぶしをする趣味を持ち合わせていなかった。
 この日は缶コーヒーを片手に、河川敷を散歩してみた。そうするくらいしか、家から逃げ出す理由を思い付かなかったからだ。
 土手の上から、少年野球チームが練習する様子を眺めながら歩いていると、端っこでサッカーをするグループがいた。
「早く! パスパス!」
「こっちこっち!」
とても元気なグループで、野球の練習チームより声が出ている。達也は、その中に女子が混じっているのを見付けて足を止めた。
 中学生くらいの女の子にしては珍しく、真剣にサッカーボールを追いかけているが、一向にボールを奪うことが出来ずにいた。近くにあったベンチに散った桜の花びらを払いのけ、その端に腰掛けて、缶コーヒーを開けた。暫くそのサッカー女子に注目していたが、やはりボールはその子にはパスされない。それでも必死で追いかける姿が哀れにさえ思えて、その様子を目で追っていると、

「おはようございます」

という声が自分に対して投げかけられてきたことに気付いた。振り向くと、見慣れぬ初老の紳士が立っている。
「あ、・・・おはようございます」
達也はその人物を見て、知り合いだったかどうか、よーく考えてみたが思い当らない。
「あの、どこかでお会いしたことがありましたでしょうか」
「いえいえ。今日は日曜だというのに、なんだか物憂げに見えたので、声をかけさせてもらったんですよ」
「物憂げ・ですか?」
達也が缶コーヒーをゴクリと飲むと、その男性はさらに近寄って、
「私、そこの町田クリニックの院長をしております。町田というものです。専門は神経科なのですが、精神的ストレスを抱えた患者さんも多く、皆あなたにような表情をされておりまして、少し心配になったものですから」
「私、そんなに暗い表情してますか?」
「暗いというのとは違いますよ。でも、何か不安をお持ちなのがすぐに分かります。よかったらお話をお聞かせ願いませんか」
達也はこの町田という人物が、きちんとした身なりをしているので、医者なのは本当そうだと思った。しかし、
「自殺とかそんなことは考えていませんし、お話するようなことは特には・・・」
自分の足元に目をやり、コーヒーの缶を両膝で挟み、背伸びしてそうごまかそうとしたら、
「ひょっとして、この前の脱線事故に関係があるんじゃないですか?」