このコーヒーを飲み終えたら
月曜日の午後
「アンテナ工事の予定がこんなに押してるんじゃ、来年春からのサービスには間に合わないでしょう」
その日の昼食後、達也は顧客である電信会社の会議室で、仕事の打合せをしていた。
「関連業者の高所作業中に人身事故があってな。日本中の現場で事故対策を実施しないと、本部から工事再開を認めてもらえないんだよ」
それを聞いた達也は、言葉控えめに、
「高所に上らない準備作業だけでも、どうにかならないもんでしょうか」
すると担当者は、
「全部、本部次第」
「本部はどこなんですか?」
「東京に決まってるでしょ」
「東京ですか。そこに進言するにはどうすれば・・・」
「高宮支部からお伺いを立ててもらうしかねぇ」
(高宮支部?・・・そこって松井さんが勤めてるって言ってた・・・)達也は少し考えた。
「高宮の電話局のことですか?」
すると、電信会社の関係者は皆、キョトンとした顔をした。
「下村さん、今時『電話局』って言いませんよ」
「電話局じゃないんですか?」
「下村さんて、意外に歳食ってんじゃないでしょうね。僕ら公務員じゃなく、通信会社の社員ですよ。昭和じゃあるまいし。はははは・・・」
(昭和・・・松井さんて何歳なんだろう?)
達也は当分作業が出来そうにないので、仕方なく自社に引き上げた。事務所に付くと、係長が両手にコーヒーの入った紙コップを持ってやってきた。
「下村君、しばらくアンテナの作業ができないなら、鉄道架線のチームを手伝ってくれないか」
そう言うと片方の紙コップを差し出した。
「ああ、はい。ありがとうございます。ヒマしてるより、そのほうがいいですよ」
達也はそのコーヒーを受け取ると軽く頭を下げた。
「作業は深夜になるから、明後日の水曜の晩からお願いしてもいいかな」
「夜間作業ですか」(木曜の晩は、カウンセリングが・・・)
達也は一口飲みながら一瞬迷った。
「何か予定あった?」
「いえ、大したことじゃないんで大丈夫です」
(別に予約したわけじゃないし、まあいいか)
「じゃあ、水曜の晩は、まず安全教育を受講してから、現場に入ってくれ・・・あ、昼夜反転してしまうから、火曜日は休んで、リズムを整えておいてくれよ」
作品名:このコーヒーを飲み終えたら 作家名:亨利(ヘンリー)