よ う こ そ
(八)初めての旅行
二泊三日の滞在を終えた彩香を見送りに、村人たちが集会所に集まっていた。そこへ主役の彩香と勲の一家がやって来たが、リュックを背負った子どもたちを見て、正夫が声をかけた。
「あれ、茂、空港まで見送りかい? さては飛行機が見たいんだな。それにしても旅行にでも行くような格好だな」
「うん、僕たちの夏休み旅行だよ」
「え! 旅行ってまさか……」
「うん、おばさんが連れて行ってくれるんだ」
その場にいたみんなの視線が勲に集まった。
「彩香さんが連れて行ってくれるっていうから、言葉に甘えることにした。旅行なんて連れて行ってやったことないからな」
「私、初めて飛行機に乗るんだよ」
目を輝かせる妹に
「春子は飛行機を見たこともないものな」
そう言う茂に正夫が言った。
「茂、おまえだって近くで見たことないべ」
「まあね」
「じゃあ、軽トラじゃ乗れないべ? ウチの車出そうか?」
「いや、それが――」
ちょうどそこへ一台のワゴン車が現れた。そして、助手席からお手伝いの光代が出てきた。そして、運転手に荷物を降ろすよう指示している。
「どうしたっていうんだ?」
正夫の疑問に答えるように、彩香が言った。
「みなさん、短い間でしたが、よくしていただいてありがとうございました。これはほんのお礼の気持ちです」
運転手は車からビールや菓子などを次々と集会所へ運び込んでいる。
それが終わると、彩香と子どもたち、光代を乗せてワゴン車は走り去った。窓から春子が手を振り続けている車の姿が見えなくなって、ようやくみんな我に返ったように集会所に入り始めた。そしてたった今、彩香がくれた菓子や飲み物を開け、この不思議な三日間を振り返った。
「勲、初めて会った人に子どもを預けるなんておまえいいのか?」
「そうよ、いくらいい人そうだからって、それはやりすぎじゃない?」
村の連中は、口々にそう言った。
「みんな、心配してくれてありがとう。俺だって、最初に聞いた時はとんでもないと思ったよ」
「じゃあ、どうして?」
「茂も春子も、それはうれしそうに話すんだ。飛行機はどんな感じだろう、とか、大きな街ってどんなところだろう、とか。あいつらここしか知らないから無理もないと思ったよ。
そして、そんな二人の様子をやさしいまなざしで見つめている彩香さんを見ていて、行かしてやりたいと素直に思ったんだ」
「まあね、たしかにいい人には違いないだろうけど」
「でもよ、飛行機なんてこの時期、よく取れたよな? それも急にだろ?」
「ああ、それが、帰りの搭乗券、子ども二枚分も用意しておいてくれたらしい」
「ええ!! ってことは最初から二人を連れていくつもりだったってことか?」
「ああ、酪農家の子どもだから夏休みでもどこへも行かれないかもしれない、そう考えてくれていたみたいだ」
「まあ、至れり尽くせりだね。それにしてもまだ会ったことのない家族のためにどうしてそこまでしようと思ったのかね?」
「もちろん、必ずしもそうしようと思ったわけではないだろうさ。流れでそうしたいと思った時のために準備だけはしておこうと思ったんじゃないか? 勲、おまえ彼女のおメガネにかなったってことだよ」
「勲さんだけじゃなく、茂くんや春子ちゃんも気に入ったんだねえ」
「しかし、金持ちの道楽だな、無駄になるかもしれないチケットなんて普通とらないぜ」
「ま、確かにそうだけど、あの人なりにこの出会いに掛けていたんじゃないかしら」
「あの美貌で大金持ち、なんでこんな田舎の子持ち男に掛ける必要があるんだ?」
「人にはそれぞれ事情というものがあるのよ」
「勲、おまえ、すげえくじを引き当てたもんだな」
その頃、飛行機の窓に顔をくっつけて春子は外の景色に大興奮していた。
「兄ちゃん、すごいね! 雲も街も下に見えるよ」
「ああ、ほんとだ」
そんな大喜びの兄弟の様子に、彩香と光代は顔を見合わせて微笑んだ。