小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

よ う こ そ

INDEX|7ページ/15ページ|

次のページ前のページ
 

(七)夕陽の約束


 昼近くになり、ふたりが車で戻る途中、子どもたちに出会った。勲はこのまま車で貴美子を迎えに行くと言うので、彩香は車を降り、子どもたちとピクニックの場所を目指すことになった。
 
 七歳とは言え女である春子は、彩香の装いを昨日からじっと見つめていた。初対面のスーツ姿、湯上りのホームウエア姿、そして、今日のカジュアルワンピース、どれも春子の目を釘付けにした。でも、ただ見つめるだけで話しかけることはない、いや恥ずかしくてできないのだ。
 彩香も無理に話しかけようとはしない。自然体で子どもたちに接していた。
「茂さんは学校で何の部活に入っているの?」
「陸上です」
「あら、足が速いのね」
「短距離より長距離の方が得意です」
「それなら、マラソン選手ね」
 そんな会話を下を向いて聞いていた春子に、彩香が尋ねた。
「春子ちゃんは、何か好きなこととか得意なことはある?」
「…………」
 春子の代わりに茂が答えた。
「春子は絵を描くのが好きです。だよな、春子?」
 春子は大きくうなずいた。
「そう、今度おばさんを描いてもらえるかしら?」
 春子は小さくうなずいた。
 
 
 やがていつもの牧草地に着くと、茂は持ってきたシートを広げた。離れた所には牛たちの姿が見える。
「あの牛たちはこちらの牛?」
「そうです、そばにいるのがいつものおじさんたち」
「牛のところへ行って来る!」
 春子は突然そう言って駆けて行った。
 シートに座り辺りを見渡している彩香に、茂が話しかけてきた。
「おばさん、どうしてここへ来てみようと思ったんですか?」
「どうしてかしら、酪農という知らない世界に興味が湧いたのと、あと、お父さんやあなたたちに会ってみたくなったからだと思うわ」
 茂はそれ以上、何も聞かなかった。持ってきたサッカーボールを蹴り始めると、春子が戻って来ていっしょにボールを追いかけだした。しばらくその光景を見ていた彩香は立ち上がり、その仲間に加わった。
「おばさん、服が汚れるよ!」
「大丈夫よ!」
 茂は気遣ったが春子はただ黙ってボールを追っていた、楽しそうな笑みを浮かべながら。
 
 しばらくして、勲と貴美子が両手にいっぱい包みを抱えてやってきた。勲は、子どもたちとボールを追いかけている彩香に驚かされたが、なぜかその光景がとてもうれしかった。そんな気持ちを隠すように、ちょっと行って来る、と言って牛たちの様子を見に行った。
 貴美子は素直に驚きを口にした。
「あんれまあ、お嬢さまがサッカーかい」
「楽しそうなので仲間に入れてもらいました」
 息を弾ませ、彩香が答えた。
 貴美子は手際よく弁当を並べ始めた。彩香をもてなそうと、たくさんの弁当を作ったのが誰の目にもわかる。
「さあ、動いたらお腹がすいたでしょう、どうぞ召し上がれ」
 戻ってきた勲を交え、大空の下、楽しいピクニックが始まった。
 
 
 昼食後、勲は仲間に礼を言い、交代で牛たちの世話に戻って行った。そして、貴美子も軽くなった荷物を持って家へ帰って行った。残された彩香と子どもたちふたり。すると、茂が言った。
「おばさん、集会所にピアノがあるんだけどおばさん弾ける?」
「ええ、少しなら」
「え! ほんと!」
 春子の目の色が変わった。
「春子、おまえあのピアノがずっと気になっていたんだよな?」
「うん、でも、誰も弾いてくれないんだもの」
 
 
 三人は集会所の道を並んで歩いた。日傘をさした淑女に寄り添うふたりの子ども。そんな光景を見つけた村人たちは、しばし、不思議なまなざしを向けた。
 集会所に着くと、片隅に古ぼけたピアノが一台置いてあった。茂が雑巾で埃を払い、春子が椅子を持ってきた。
「春子ちゃんはどんな曲が好き?」
「わかんない」
「じゃ、こんなのは?」
 彩香は『峠のわが家』を弾き始めた。調律もされていない古いピアノはかろうじて音を奏でたが、春子にはこの上ない綺麗な曲に感じられた。
「おばさん、すごい!」
「ホント、このピアノからあんな素敵な音楽が聴けるなんて!」
 子どもたちは驚きの言葉をあげ、彩香の手元を見つめながら、演奏に聞き入った。
 しばらく演奏会が続いたあと、彩香が言った。
「春子ちゃん、弾いてみる?」
「え!」
「春子、教えてもらえよ」
「うん」
「次は兄ちゃんね」
「僕はいいよ」
「そうね、春子ちゃんの次は茂君ね。男の子がピアノを弾けると、女子からの点数が上がるわよ」
 三人はこうして楽しい時間を過ごした。
 
 
 そして、家への帰り道、牧草地の地平線に夕陽がかかりかけていた。
「きれいな夕陽ね」
「陽が沈むと今度は空一面に星が輝くよ」
 茂の言葉に、彩香は、ここでのなにげない日常がどれも感動を覚えるものだと気づいた。
「おばさん、夜になったらいっしょに星を見ようね」
 春子の言葉に大きくうなずきながら彩香が言った。
「ねえ、春子ちゃん、まだお休みいっぱいあるでしょ? よかったらおばさんの家に来ない?」
 春子は目が点になった。
「もちろん、茂くんと一緒に。ただ、遠いし、飛行機にも乗らなければならいんだけど」
 春子は茂を見つめた。
「おばさん、父さんに相談してみるよ」
「そうね、お父さんに聞いてみなくちゃね」
「父さんがいいって言ったら、本当に連れて行ってくれる?」
 春子は食い入るように彩香を見上げた。
「ええ、行きましょう」
 春子は小指を差し出した。
「約束だよ」
 彩香はその小さな指に自分の指を絡ませ言った。
「ええ、約束ね」

作品名:よ う こ そ 作家名:鏡湖