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よ う こ そ

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(五)美しき来訪者


 勲が彩香を自宅に連れて行った頃は、もう夜になっていた。夜の訪問者を迎えた貴美子と子どもたちは、昼間の村のみんなと同じ反応を示した。
「こちらが三笠彩香さんだよ」
 呆気にとられた間を置いて、貴美子が口を開いた。
「まあまあ、こんなところですが、上がってください。遠いところよくお越しくださいました。お疲れになったでしょう」
「三笠です。お言葉に甘えて二日ほどお世話になります。どうぞよろしくお願いいたします」
「勲の母の喜美子です。何もない所ですが、ゆっくりなさってくださいね」
「ほら、おまえたちもご挨拶しないか」
 父に促され、茂が自分の名前を言ってちょこんと頭を下げた。続いて、春子も兄の真似をした。
「さあさ、食事は集会所で済ませてきたから、風呂にでも浸かって休んでください。荷物はこちらの部屋へ」
 勲は奥の和室に彩香を案内した。そして、彩香が風呂場に向かうと、途端にそれぞれが言いたいことを言い始めた。
「勲、なんでまたあんな人が!」
「春子、大丈夫だよ、新しい母さんは来ないから」
「兄ちゃん、どうしてわかるの?」
「わかるさ、あの人がここに住めると思うか?」
「そうだな、俺もそう思ったら気が楽になったよ」
「勲、それじゃ、なんでウチへ連れてきたんだい?」
「いいじゃないか、お客さんとして迎えれば。俺の募集に応えてくれた礼さ」
 
 彩香が風呂から出ると、奥の和室に布団が敷かれていた。ベッドしか知らない彩香にとって、生まれて初めての和式の寝床だった。そこに身を横たえると、疲れからすぐに深い眠りについた。
 
 
 翌朝、明るい光で目覚めると、彩香はすぐに身支度を整えた。そして襖を開けると、そこにはもう朝食の支度が用意されていた。彩香が起きてきた気配に気づいた貴美子が台所から顔を出した。
「おはよう、よく眠れたかね?」
「おはようございます、はい、ぐっすり。みなさんは?」
「ああ、勲は牛の世話に。子どもらはまだ寝てるよ。先に食べてくださいな」
「ありがとうございます。私ちょっと朝の散歩に行って来ます」
「そうかね」

 家を出ると、すぐ脇に牛舎があった。彩香はちょっと中を覗いてみた。そこでは勲が忙しそうに働いている。彩香は声をかけずに牛舎を後にすると、近くの道を歩き始めた。あたりは見渡す限り一面の牧草地だ。ここに牛たちを放牧するのだろう。彩香はあまり遠くに行かないよう適当なところで立ち止まり、こんなところに自分がいる不思議さをしみじみ感じていた。
 
 偶然手にした新聞、そしてたまたま開いたページ、そこに載っていたあの欄を目にした瞬間からそれは始まった。心に残るものがありながらも、実際に行動するつもりなど毛頭なかった。ところが二度目にそれを目にした時、なぜだかそれは自分に向けてのメッセージのように感じられ、強く心を揺さぶられた。
 さらに、文字の向こうにあるであろう北海道の大地を見てみたくなった。そこで暮らす人たちの暮らしも。
 そして、思い切って連絡してみることにした。
 
 
 芦屋の資産家の一人娘として生まれ育った彩香は、ほとんど外の世界に触れることなく育った。年老いてやっと授かった愛娘彩香を資産家夫婦はそれは大切に育てた。お嬢様学校を卒業すると、年頃になった娘のため、夫婦は花婿探しに奔走した。しかし、愛娘を幸せにしてくれる相手を探すのは容易ではなかった。財産目当ての疑いが先に立ち、どの男も娘を不幸にするように思えたからだ。
 その結果、この屋敷でこのまま深窓の令嬢として暮らしていくことが娘の幸せだとの結論に至った。自分たち亡き後のことを考え、信頼できる銀行に資産管理を任せた。そして、年老いた両親は莫大な遺産を遺し、相次いで旅立った。そう、親が決めた花婿は銀行であった。
 長年勤めてくれているばあやとその夫、それからその夫婦の遠縁の娘と四人での豪邸暮らしが続いた。
 
 新聞広告に応募したことを聞いたばあやは、腰を抜かさんばかりに驚いた。もちろん猛反対だった。それならただの旅行だけだとようやく説き伏せた。ただし、屋敷で手伝いをしている遠縁の娘光代の同伴が条件として付いた。恩ある奥さまから託された大切なお嬢さまを守ることこそがばあやの使命であり、生きがいでもあった。
 
 
「彩香さ~ん」
 勲が手を振りながらやってきた。
「もっとゆっくり休んでいればよかったのに」
「十分に休ませていただきました」
「さあ、帰って朝飯にしましょう」
 
作品名:よ う こ そ 作家名:鏡湖