よ う こ そ
(四)貴婦人
軽トラから降り立った女性は、まるで地方ロケにやってきた女優のようだった。そこにいた誰もが言葉を失い、その姿に見入った。そんな村の一同に、勲が彼女を紹介した。
「こちらが三笠彩香さんだよ」
「みなさま初めまして、三笠です」
上品な微笑みをたたえ、挨拶をするその姿がまたみんなを魅了した。
「どうしたんだよ、みんな。お待ちかねのお客さんだよ」
勲の言葉に、みんなはそれぞれ、どうも、と頭を下げるのが精いっぱいの様子だった。そんな萎縮している村の連中の前を通り、勲は彩香を集会所へと案内した。
慌ててみんなは二人を追い越し、集会所に飛び込むと、女房連中はもてなしの仕上げにかかり、男たちはそれぞれの席に着いた。そして、奇妙な食事会が始まった。
男たちはほんの少し前まで、勲が連れてくるおそらく牛のような女性を肴に宴会を楽しむつもりでいた。同じように女たちも、新入りになるかもしれない女に先輩としてもてなしの見本を見せつけるつもりでいた。
ところがあまりの予想外の事態に、場は静まり返った。田舎の宴会のはずが、すっかり堅苦しい空気に支配されてしまった。
そんな連中を面白がっているのはひとり勲だけだった。さんざん出汁にされた仇をとれたようですっきりした勲は、高らかに乾杯の音頭をとった。
「わが村へようこそ、三笠さん! 素敵な思い出を作っていってください」
そう、勲はもうこの彩香から花嫁候補という枠を外していたのだ。だから気楽だった。
空港で初めて彼女を見た時、村の連中のように、いやそれ以上に勲も驚いた。そして、腹立たしさが湧いてきた。からかわれている、と思ったからだ。隣には同行している若い女性がいた。自己紹介もそこそこに、このままひとりで帰ろうかと思った時だった。彼女はすたすたと勲が乗ってきた軽トラの元へ行き、助手席側のドアの前に立った。すると慌てて同行の女性が後を追った。勲はそんな二人のやり取りを聞いていた。
「お嬢さま、私もお連れ下さい」
「ここまでで十分よ。本当は私一人で来るつもりだったんですもの」
「とんでもございません、おひとりでなんて。それに、最後までお供しなければおばさんに叱られます」
「ばあやには、一緒だったと言っておけばいいわ」
「そんな……あの荷物だって運ばなければいけませんし」
女は山のように積み上げられたトランクを振り返った。
「あんなにいらないわよ。ええと」
彩香は荷物のところへ戻ると、小さい旅行鞄を一つ下げて戻ってきた。
「これだけでいいわ。あとはホテルにでも置いておいて」
「でも……」
「いいからそうして」
「そうですか……じゃ私は予約したホテルに泊まってお待ちしていますから、ご用がありましたらご連絡ください」
「ええ、じゃそういうことで」
こうして、軽トラでのドライブが始まった。手紙で、確かに彩香はこちらの希望通りにはいかないだろうと明言していた。それでも招いたのはこちらだ。文句を言えるわけもない。それに、しばらくすると彩香の人柄が少しわかってきた。いいとこのお嬢さまにしては、鼻に掛けたり嫌味なところなどなく、話していても心地よかった。袖擦りあうも多生の縁、この旅を楽しく過ごして行ってもらえばそれでいい、勲はそんな気になった。
すっかりおとなしくなった村の連中との食事会を終え、勲は彩香を連れて帰って行った。
ふたりを見送った男連中は、この状況を語り合った。
「驚いたな。正真正銘の芦屋のお嬢さまだ」
「ああ、育ちの違いが滲み出てたな」
「冷やかしではないだろうが、五十歩百歩ってとこだな。とても花嫁候補ってはずがない」
「だから勲もあんなに気楽そうだったんだろうよ」
「そもそも、なんで応募なんてして来たのだろう?」
「お嬢さまの気まぐれじゃないか」
同じく女連中もそれぞれ感想を言い合った。
「なんだかメイドにでもなった気分だったわ」
「ホント、ここがお屋敷の食堂に感じたわ」
「それにしても、さすがいいとこの奥さま、何も手伝おうとしなかったわね」
「でも、嫌な感じはしなかったわ。むしろ、こちらからお世話させてもらいたくなったというか」
「不思議な人だったわね」