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オオサカタロウ
オオサカタロウ
novelistID. 20912
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 わたしは、椅子に腰を下ろした。モズは弱みを見せない。持病があっても、折れた骨がまだくっついていなくても、同じ表情で笑うし、同じ調子で話す。何より、個人的な話はしない。わたしは、ビジネスバッグから手紙を取り出した。速水さんの話題から『人』が消えていったのに、どうして気づかなかったんだろう。孤児院でボランティアをする人間は何人かいて、わたしもそうだったけど、その目的は人材を確保することだ。誰かが、速水さんに目をつけたのだ。手紙の書き方が変わってから、半年以上が経っている。顔合わせをするまでに半年近くを要したのは、わたしも同じだった。
 この履歴書は、速水さおりのものだ。
 わたしは、自分の資料を棚から引っ張りだした。わたしの経歴は、はっきり言って薄い。最も目を引くのは、孤児院でのボランティア。八年前の自分の写真を見ていて、ふと気づいた。埃をうっすらと纏っているけど、手の形に消えている箇所がある。それが、アザミが一度開いた跡だということに、すぐ気づいた。福住の引退が決まったあと、新しく昇格する人間の資料を見ながら、夜通し調べ物をしていたに違いない。わたしは、誰も触れない昔の棚を眺めながら、目を凝らせた。やがて、同じように埃の跡が消えているファイルを、二つ見つけた。それをデスクの上に並べて、わたしは埃を綺麗に払い落した。尾道と井田は、ベテランだ。殺しの履歴は長い。最後に赤い紙が綴じられていて、それは仕事中に命を落としたことを意味する。真っ赤な紙には短く、日付だけが記されている。
『二〇一四年 二月七日』
 二人の殺しの履歴を辿ると、それは最後の方のページにあった。二〇一二年 八月十四日。死んだ人間のことだけが書かれている。個人名は伏せられているし、事情も分からない。でも、わたしには分かる。これは、速水さおりの両親。
 アザミは、どこまで知っているのだろう。
 次、モズに昇格する人間が、かつての被害者の娘だということは、間違いなく知っているだろう。でも、それ以外は? わたしがずっと、手紙のやり取りを続けているということを、知っているのだろうか。頭に浮かぶのは、一人では答えが出ないし、確認もできないようなことばかりだった。
「どうする?」
 突然声がかかって、わたしは振り返った。アザミが眠そうな目を庇うように細めながら、わたしの隣に並んだ。制服の胸ポケットから取り出したクロスを広げると、神経質な手つきで黒縁眼鏡を拭きながら、続けた。
「あなたの言ってた友達って、この子のこと?」
 わたしは答えずに、速水さんの資料を指でなぞった。アザミは続けた。
「すぐに福住の代わりができるぐらい、腕はいいそうよ」
「あの後、上司と話したんですか?」
 わたしが訊くと、アザミはうなずいた。
「それが正規の手続きだからね。あなたの様子もちょっとおかしかったし、色々と気になってることを調べさせてもらったわ」
 アザミは、しばらく速水さんの顔写真を見つめていたけど、残念そうに目を伏せた。
「たまに、こういうことが起きるの。全体像を掴んでいる人間がいないから」
 それは、全体像を掴んでしまった人間は、追われる立場になる確率が高くなるからだ。この業界では皆、自分のところに情報が集まるのを避ける。ある程度のことには目を瞑って、流れに身を任せた方が楽だから。
「まだ、手紙のやり取りしてるの?」
「はい。ここ半年ぐらいは、変な感じでした」
 これがきっかけで、わたしも『引退』することになるのだろうか。アザミは一瞬わたしの顔を見ると、笑いながら首を横に振った。
「辞めないでよ」
 その言葉が意外で、わたしは苦笑いを浮かべた。そんな選択肢はないはずだ。アザミは言った。
「この子は、あなたと境遇が似てる」
 その通りだ。うなずいたとき、アザミはわたしの背中に手を置いた。
「私たちに、人の人生を左右する力はないわ。打ち切ることしかできない」
 長い沈黙が流れた後、最初に巻き戻ったように、アザミは言った。
「どうする?」
「何をですか?」
 わたしが訊き返すと、アザミは口元だけで笑顔を作った。
「気まずいなら、あなたを異動させることもできるよ。人を欲しがってる拠点は、あちこちにあるし」
「大丈夫です」
 そう言うと、わたしは資料を棚に戻していった。アザミはわたしの様子をしばらく見ていたけど、あくびを噛み殺すと、言った。
「言って」
「一日追加で、休みを頂きたいです」
 アザミはうなずいた。わたしは事務所から出ると、一度部屋に立ち寄った。フロントを通って、ヒバリの姿を探した。客のゴルフバッグをカートに載せて、送り出したのを見計らって、部屋で走り書きしたばかりのメモを手渡した。
「アザミにお願い。一日待って」
 ヒバリは無言でうなずくと、きびすを返してフロントへ戻っていった。
 わたしは、車に戻った。エンジンをかけて、ポケットから再びメモ用紙を取り出した。大抵は、あれを取りに行けとか、誰かと会えとか、自分がこれからやるべきことが書かれている。そこに、自分以外の人間の行動が書かれることは、滅多にない。速水さんの、顔合わせの場所。パールは、わたしもよく知っている。このメモ一つだけで、アザミの立場は危うくなる。人事以外の人間が知ることは、許されないはずだ。
 百キロ近く離れた自宅まで戻ると、わたしは返信用の便箋と用紙をテーブルの上に置いた。どうやって返事を書くか、運転しながらずっと考えていた。あらかた書き終えた後、金庫のダイヤルを回して靴箱を取り出した。中に入っている拳銃を手に取って、弾倉を抜いた。記念すべき、最初の仕事。わたしは十七歳だった。
『やるよ。ガラクタだけど、ないよりはマシだろ』
 尾道は笑いながら、この拳銃をくれた。結局、一発も撃たなかった。だから、経歴の中に人を殺した記録はない。それから日が経って、二〇一四年。誰も通らない産業道路。パンクして傾いたマークX。あのとき、振り返った顔。
『おう、お前かよ。ホテルはどうだ?』
 それが、尾道の最後の言葉。井田はタイヤと格闘していた。わたしは二人の体に一発ずつ撃つと、頭を撃って止めを刺した。記録に残っていない殺し。わたしは、四五口径の箱を引き寄せると、六発を弾倉に装填した。返事を全て送り出した後は、ベッドに転がったまま眠気が来るのに任せながら、右手の感覚を思い出そうとした。あのとき、体の中心に弾を受けて、呆気に取られた表情で振り返った井田は、銃口の後ろにわたしがいることに気づいて、自分が死んだ後のことを想像したらしく、絶望したような表情を浮かべた。何故かは、理解できる。
 わたしの関わった殺しが、解決することはないからだ。井田の仇を討つ人間は、わたしが自分で告白でもしない限り、この世に存在しないことになる。
   
 追加で休みを取った日。平日だけど、ほとんど車の往来はない。廃道の終点にある、街を見下ろせる展望台のベンチ。そこに座って、わたしはコーヒーを飲んでいる。アザミは『音楽』に逃げると言っていた。わたしは『景色』に逃げる。遠目になればなるほど、美しく見える。速水さんは、返事が小包だったことに驚いただろうか。散々迷った挙句に、どうにか踏み出した書き出し。
作品名:Late check-in 作家名:オオサカタロウ