Late check-in
『これを送ることで、わたしの命は危うくなるかもしれません』
本題から入ってしまったほうがいいと思って書き始めたけど、いざそうすると、筆は止まらなかった。
『あなたには、仇を討つ権利があります』
一人前のモズは、個人的な話を笑顔で避ける。死にかけた直後でも、体の骨が折れていても笑うような、弱みを見せない人間でなければならない。そのためには、個人的な復讐を持ち越してはならない。
『あなたの両親を殺したのは、殺し屋です。実行犯の内二人は、すでに死んでいます』
二〇一二年の、忌まわしい一家殺人事件。誰も捕まらなかった。雨が降っていて、街の反対側で火災が起きたから警察の初動は遅れたし、証拠も雨で洗い流されていた。おまけに、家までの道に設置された唯一の防犯カメラは、二日前にトラックが荷台をひっかけたことで故障し、機能していなかった。
そうなるように、わたしがお膳立てした。
当日は家の前で、あの四五口径を手に握りしめて、見張りをしていた。テーブルがひっくり返る音、悲鳴と銃声。全て覚えている。当時のことを思い出していると、筆はすらすらと進んだ。
『一人は、今も生きています』
同封された、わたしの顔写真。それを見た速水さんは、おそらく手放そうとしないだろう。ずっとやり取りをしていた相手から、求めていた真実が送られてきたのだから。
『木曜日の夕方四時に、展望台で待っています』
遠くで、材木を切る轟音が聞こえてきて、わたしは景色から目を逸らせた。こんな日が来るなんて、想像もしていなかった。わたしが書いた、最後の一文。
『万が一、私がいなかったら、それは、私が先手を打たれたということです』
速水さんは、この状況をどう理解するだろう。待ち合わせ場所に座っているのは、家族を殺した最後の生き残り。彼女がずっと文通を続けてきた『相手』は、自分の両親を殺した女に先手を打たれたのだ。どうしようもなく、最悪な事態。でも、彼女は丸腰じゃないだろう。そうなったときのために、わたしが送った、あの四五口径を持っているはずだ。銃声が鳴っても、材木工場から響くカッターの轟音にかき消されて、何も聞こえなくなる。
全員の資料をくまなく確認したアザミは、わたしに対処する機会を与えようとした。でも、そんなことをして生き延びても、さらに深い蟻地獄が待っているだけだ。ヒバリに託したメモは、もうアザミの手に渡っているだろう。
『復讐を受け入れます。彼女を守ってください』
遠くで、枝を踏んだような、微かな音が聞こえた。人目につかないよう、森の中を迂回してきたのだろうか。例え、羊か狼しか選べなくても、あなたが自分の力で運命を切り開くことを、心から願っている。
わたしの物語は終わった。それで構わない。
あなたの物語の、最初のページに刻まれるなら。
作品名:Late check-in 作家名:オオサカタロウ