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オオサカタロウ
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novelistID. 20912
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 カラスは二十歳になる。どうしてわたしが銃を撃つ羽目になったのか、その理由を考えているだろうし、頭にはほぼ正解に近い答えが浮かんでいるだろう。
「ツバキさん、モズやってたんすか?」
 ホテルでは、わたしは『ツバキ』と呼ばれている。予算を管理する立場で、ホテルを運営する側だ。部屋は用意されているけど、カラスのように住み込んでいるわけじゃない。
「昔はモズだったよ」
 この世界に入ったのは、八年前。わたしは十七歳だった。モズとして、二年仕えた。ホテルに移ってからは暴力と無縁になったけど、走っていないときでも、走れるということを常に証明し続けたいから、訓練は続けている。そうやって忠実な『メンバー』でいれば、人手不足なときにドライバーに選ばれて、殺されかけることができる。
「あとはよろしく」
 そう言うと、わたしはフロントに上がった。受付以外は真っ暗で、福住が自動販売機でスナック菓子を買っているのが見えた。わたしは、関係者用の通路を通って事務所を通り過ぎると、すぐ隣にある自分の部屋に入った。埃と血で汚れた服を着替えて、まずやることは、自分の顔の確認。鏡の前に立って、表情を作る。人を殺したのは、六年ぶりだ。モズだった頃も、殺しからは距離を置いてきた。ほとんどの場合、わたしの仕事は人の気を逸らせることだった。大きな交通事故や、火災。その他、人目を引くものなら何でも。標的の護衛が気を取られたり、関係者が持ち場を離れざるを得ないような状況を作って、『殺し』をお膳立てする。殺し自体を見る必要がないから、気分は楽だった。
 わたしは元々、モズには向いていなかった。十六歳になったばかりの頃は、何事もなく高校生活が続くと思っていたぐらいなのだから。バレーボールと、バイオリンと、父が乗っていた高級車に、母の描いた絵。わたしが友達の家に外泊した夜、それが全部なくなって、父は指輪のくっついた指、母は川底に沈んだ頭になった。わたしは、当然と思っていた身の回りの物が、どういうお金で築かれていたのかということを、全部なくなってから悟った。父には特別な知り合いがたくさんいて、家族を失ったばかりのわたしを助けてくれたのも、その一人だった。
『生き残った以上、これからも悪い奴らに狙われるかもしれない』
 その言葉を聞いたとき、自分が死なずに済んだのは、ただの偶然だったということを知った。知り合いの知り合いを通じて、わたしのことを知る人間がどんどん増えていった後、ついに田舎の喫茶店で待ち合わせをして、話をした。とにかく、自分が置かれた状況から逃げ出すことだけを考えていた。
『羊のままでいいのか?』
 古ぼけたテーブル越しにそう聞かれたわたしは、首を横に振って、はっきりと答えた。
『狼になりたいです』
 そうやって、わたしは自分の人生を力ずくで軌道修正した。天職だと思ったことはないけど、どうにかして、自分の居場所を確保できている。眠る以外、できることがあまりないこの部屋も、その一つ。それでも、今日はやることがある。わたしはベッドの端に座って、ビジネスバッグを開けた。ほとんどは化粧品や頭痛薬などの日用品だけど、今日は便箋が入っている。わたしは、レターオープナーで開いて、そっと中身を取り出した。綺麗に揃えられた花壇のように整った、バランスのいい字が連なっている。
 用紙はいつも同じで、タイトルのような位置にイタリック体の英語が書かれている。訳は、『親愛なる者へ』。ベッドサイドのランプのつまみを回して手元を明るくすると、わたしはその文面に目を通した。内容のほとんどは、日常。去年までは、勉強を教えてくれる先生の話や、運動のときによく一緒になる男の子のこと。
 このやり取りは、もう六年に渡る。
 綺麗な字で書かれているのに、今でも文末の『速水さおり』という署名だけが、子供の面影を残している。最初に手紙のやりとりをしたとき、彼女は十二歳で、書き出しは『はじめまして』。途中で打ち切られたような文末には、まだ署名がなかった。読み終えて、部屋の光にかざした時、消しゴムで最後の一文が消されていることに気づいた。微かな筆跡を辿ると、本当に書きたかったことが浮かび上がってきた。
『どうして、わたしの親は殺されたんですか』
 わたしは、モズを辞めてから数年、孤児院のサポートをするボランティアをしていた。わたしの顔を見たことのない子供たちは、顔を合わせる相手には言えない悩みをつらつらと書いて、返事を待つ。大した事は書けないし、ボランティアの登録を外れてからは、規則上は一通も来なくなるはずだった。それでも、速水さんの手紙だけは、数か月に一通程度のペースで、残していた私書箱に届き続けた。
 核心に触れる一文を打ち消すのに、どれだけの苦痛を乗り越えなければならなかったか。頭の中でずっと同じようなことをやってきたわたしには、その気持ちが理解できた気がした。だからこそ、わたしとのやりとりでは、思いついたことは、何も消さなくてもいい。そう思って、消された一文への返事も書いた。
『どんな表現を使ってもいいから。書くのをためらわないで』
 それが後押ししたのかは、今となっては分からない。わたしは、手紙を読み始めた。最近は趣味の話が多い。好きな音楽、場所、映画やテレビ番組。去年まで頻繁に登場していた、『バスケが好きな高松くん』の話題は、もう書かれていない。仲が良かった『遠野さん』は、親戚の家に引き取られたという文章を最後に、登場しなくなった。どんな人生にも、分岐点がある。そう思いながら読み進めていると、ドアがノックされる音が鳴った。わたしは、途中まで読んだ手紙をビジネスバッグへ戻して、言った。
「はい、どうぞ」
 カワセミがゆっくりとドアを開けて、言った。
「今ならご飯あるけど、どうする?」
「いただきます」
 わたしはそう言ってスニーカーを履くと、カワセミと一緒に従業員用の食堂へ入った。福住が、真ん中のテーブルでビールを飲みながらくつろいでいて、そこから二つ離れたテーブルに、わたしの仕事仲間が座っていた。彼女は『アザミ』。わたしと同じ運営側の人間で、去年までは中継地点を受け持っていた。職場では年上の後輩だけど、経歴からすれば大先輩で、筋金入りだ。アザミは、十四歳の時から十五年間、ある一家の娘として中継地点に入り込み、取引を監視していた。それが大騒ぎになって潰れたのが、去年の秋。ホテルに戻って来て、今は人事を担当している。まだ一年も経っていないのに、アザミは誰よりも深く仕組みを理解している。
「あなたが撃ったの?」
 トレードマークのような黒縁眼鏡をずり上げながら、アザミは小声で言った。硝煙の匂いは、どうやっても消せない。わたしはうなずいた。
「はい、危ないところでした」
 アザミは、わたしの肩越しに福住の顔色を伺うと、コーヒーを一口飲んだ。椅子が引かれる音が鳴って、振り返ると、福住が出て行く後ろ姿が見えた。アザミは小さく息をつくと、言った。
「それを聞きたかったの。あなたがいなかったら死んでた?」
「おそらく」
作品名:Late check-in 作家名:オオサカタロウ