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短編集 『蜘蛛』

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6:仏像



 昔々、気の遠くなるくらい大昔のできごとです。
 深い深い森の奥に、それはそれは大層立派なお寺がありました。

 そのお寺は、とても大きくて霊験あらたかでしたが、あまりにも人里離れていたため、お坊さんは誰も住んでいませんでした。その上、訪れる人もほとんどありません。そのため、人の目に触れることのない状態がずっと続いていたのです。
 そのお寺の本堂には、これもやっぱり大きくて威厳のある仏像が一体、鎮座しています。この仏像、以前はピカピカに輝く素晴らしい金むくの仏像でしたが、長年手入れがなされていないので、ほこりが降り積もり、汚れもこびりついて、すっかり輝きは鈍くなってしまっていました。


 ある日のこと。
 そんな寂しいお寺の境内に、風にのって一匹の子どものくもが降り立ちました。恐らく巣を作る場所を探しているのでしょう、その子ぐもはよちよちと本堂のほうへと、8本の足と小さい体で歩いていきます。すると、本堂の奥に鈍く光る仏像が見えてきました。彼は8個の目で、その仏像をまじまじと見て言いました。
「うわぁ。きれいだなぁ」
子ぐもはその仏像を、とてもうらやましく思いました。自分の体色はくすんださえない茶色。ほこりが積もっているとはいえ、光っている仏像が格好良くて仕方がないのです。
「そうだ。僕、ここに巣を作ろう」
子ぐもは覚えたての巣作りを早速実践し、本堂の軒先に自分の巣をこしらえます。
「ようし。これでいつも、この光っている大きなほとけさまを眺めていられるぞ」
巣作りで疲れ果てた子ぐもは、巣の中央で眠りにつき、一人の夜を始めて過ごすのでした。

 翌日。
 何匹かの小バエを捕まえて満腹になった子ぐもは、ふと、この仏像に触ってみたいと思いました。巣を張るくもは、基本的にはそこから出ることはありません。しかし、子ぐもは例え一時巣を離れてもこの仏像に触れてみたい、そう思うくらい恋い焦がれていたのです。
 早速子ぐもは巣を離れ、よちよち歩きで仏像へと向かいます。歩くことに特化したくもではない彼は、数センチ歩くだけでも重労働なのです。しかしそれでも諦めず、8本の足で仏像へと歩き続けていきました。
 やがて、仏像の前へとたどり着きます。しかし仏像は、高い台座の上に鎮座していました。それをよじ登らなければ、仏像には触れられません。子ぐもは力を振り絞って台座に足をかけます。何度か滑り落ちそうになりながらも、どうにかそのロッククライミングは成功を収め、ようやく子ぐもは仏像の元にたどり着いたのです。
 子ぐもは今までの疲れも忘れて、満面の笑みで仏像によじ登ります。金むくの仏像はつるつるしていて、思わず滑り落ちそうになりますが、そんなことはお構いなしに顔のところまでよじ登っていくのです。
「ほとけさま、ほとけさまぁ」
顔のあたりまで来た子ぐもは仏像に呼びかけますが、もちろん応答はありません。そんなことは分かっていましたが、それでも少しさみしくなった子ぐもは、うなだれながら後ろを振り返ります。
 するとどうでしょう。今まで子ぐもがよじ登ってきた道筋が、さらにきれいにピカピカと光っているではありませんか。子ぐもは驚いて8つの目を見張ります。しかし、理由はすぐに分かりました。うずたかく積もっていたほこりを、自分の体をモップの代わりにすることで払ったからです。それに気づいた子ぐもの脳裏に、さらにいい考えがひらめきました。
「ねえ、ほとけさま。僕がきれいにしてあげる。僕ももっとピカピカのほとけさまを見てみたいし」
こうして子ぐもは自分の体を使って、仏像をきれいにすることに決めたのです。

 その瞬間から、子ぐもの清掃作業は始まりました。下から延々仏像のてっぺんまでよじ登って、ほこりや汚れを取り、てっぺんにたどり着いたら、糸を用いたパラシュートで下まで落下する。これをずっと繰り返すのです。しかし仏像はとてつもなく大きいし、子ぐもの体はとても小さいので、何回かよじ登ったくらいでは、なかなかきれいになりません。それでも子ぐもは根気よく、よじ登っては降りる作業を繰り返します。自分の巣へは戻らず、寝食を忘れて、ほとけさまをピカピカにし続けたのです。
「ハァ、ハァ。あともう少し」
途方もない時間が過ぎ、9割がた、仏像は本来の輝きを取り戻しました。しかし、子ぐもの体はほこりにまみれ、足はガクガクと震え、おなかはぺこぺこです。もう限界でしたが、残りはあと少し。ここで一気に終わらせてしまおうと、子ぐもは力を振り絞って再びよじ登っていきます。

 ようやく最後の登山が終わりました。仏像は以前の輝きを取り戻したのです。子ぐもは満足げな顔で、仏像をてっぺんから見下ろします。
「よおし。飛び降りたら、巣からいっぱいピカピカのほとけさまを眺めるんだ」
そう言って、飛び降ります。
「あっ」
疲れていたからでしょうか、子ぐもは重大なことをを忘れていました。糸を出すのを忘れて飛び降りてしまったのです。パラシュートなしで落下していった小ぐもは、板の間にたたきつけられてしまいます。
「うう、せっかくぴかぴかにしたのに」
子ぐもの意識が薄れていきます。しかし、もうこと切れるその瞬間、仏像━━お釈迦さまが子ぐもに向かって語りかけたのです。
「おまえの行い、ちゃんと見届けましたよ。特別におまえを極楽に住まわせましょう」


 この子ぐもが、極楽のはすの台の上で、お釈迦さまに地獄へ垂らす糸を渡す役割を務める話は、また別の機会に。


作品名:短編集 『蜘蛛』 作家名:六色塔