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短編集69(過去作品)

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 確かに私が最近読んだ恋愛小説は、ドロドロとしたものだった。まるで昼メロを思わせるもので、成人向けの小説ではないかと思うほどだった。性描写も過激で、それが恋愛の裏返しが愛憎であるかのごとく感じさせられた。
 裏返しという言葉は、背中合わせという言葉にも置き換えられる。すぐそばにあっても、背中合わせになっていることで、すぐには気付かない。気付いた時には、「時すでに遅く」ということも無きにしも非ずである。
 私は少し先輩の小説とは違ったものを書きたかった。というよちも、私には先輩が書いているような小説は書けないと思ったからである。
 私には小説の題材になりそうな経験はない。題材にするとすれば、以前に読んだ小説のモチーフを真似てみるか、それとも、自分の中にある願望を、文章という形にするかのどちらかでしかない。
 私は願望を形にすることを選んだ、とはいえ、文章構成などは、以前に読んだ小説のモチーフを取り入れるくらいの気持ちがなければ、とても小説を作り上げるのは難しい。真似をするのではなく取り入れるのだから、形のないものから、自分が作り出すことを目指したい私の気持ちにウソをついていることにはならないだろう。
 高校生の頃までと、大学に入ってからでは、先輩に対しての気持ちが少し変わっていった。尊敬に値する兄と慕う存在であることには違いないが、距離が少しずつ縮まってきているように思えたのだ。
 確かに大学に入ってからの私は変わった。高校時代までは一つのことに集中することだけが私の存在価値のように思っていたが、大学に入れば、まわりが見えてきて、まわりが自分を見る目、さらには自分に何を期待するのかというところまで意識するようになっていった。
――私が先輩に近づいたのだ――
 そう思うと、同じ目線でまわりを見ることができるかも知れないとも感じた。ただ、その反面、
――年齢だけはどこまで行っても追いつくことはできない――
 という思いから、先輩との一定の距離を保つことが一番いいような気もしていた。
 一定の距離は大切だった。先輩の的確な助言は、私が先輩の年下であり、後輩であることから得られるものだった。最初からちょうどいい一定の距離を保ってきたから、今までの関係があり、衰えることのない先輩に対しての尊敬の念があるのだ。
 先輩にしても同じことだろう。私を弟のように思っているから自分がしっかりできると思ってくれているのかも知れない。
――一定の距離を最初から大切にしてくれていたのは、先輩の方だったんだ――
 と思うようになった。まるで大発見でもしたかのように思ったことも、実は最初から築かれていた。私に気を遣わせることもなかった裁量は、先輩だからできたことだろう。いろいろ分かってきた私も先輩のおかげで成長できたのだろう。人との関係がここまで大切なことだと思ったのは、後にも先にもこの時だけではないだろうか。
 文芸サークルでの先輩は、あまり目立たなかった。作品には見るものがあり、部員の皆が認めるところではあったが、あまりサークルの行事に積極的に参加することもなく、当たらず触らずの位置にいるように思えた。それが私には少し気になるところだったのだ。
 高校時代の先輩だったら、サッカーでは常に目立っていた。もちろん、チームワークを大切にし、チームの勝利を最優先にしていたが、キャプテンとしてのオーラを発散させるだけの存在感が確かにあった。だが、文芸サークルでの先輩には、その存在感が感じられないのだ。
 だが、先輩が入学し、文芸サークルに入部した頃は、目立つ存在だったらしい。それなりに名の通ったサッカー部のキャプテンを務めていた人だけに、オーラは放っておいても発散されるものだった。先輩たちからも一目置かれていて、一緒に入部した同学年の人たちからも、
「名高さんは、他の人と違う」
 と言われていたようだ。
 それなのに、いつの間にかオーラが消えてしまっていた。それは、みるみるうちにというわけではなく、気が付けばオーラが消えていたようだ。そこに先輩の作為が感じられるのは私だけであろうか。
 しかし、なぜオーラを消す必要があるのだろう。作品では個性を発揮し、それなりに目立っているのに、本人が殻に閉じこもってしまったかのように目立たなくなった。
 気配を消すというのも難しいものである。しかも、誰にも気づかれないように静かに消していくことほど難しいことはないだろう。そう思うと、先輩が一体何を考えているのかまったく分からなくなってきた。
――慕う気持ちに変わりはないのだが――
 慕う気持ちも失せてくるのならまだあきらめもつくのだが、慕う気持ちを消すことはできない。そんな中途半端な気持ちのもと、私は先輩にどう接していいのか、考えるようになっていた。
――普通に接すればいいんだよ――
 自問自答を繰り返すが、出てくるはずのない答えを求めるのは、辛いものだ。
――普通って、何が普通なんだ?
 疑問がさらに疑問を生む。それが分かっているだけに、必要以上に考えることはしたくない。
 先輩がほとんど目立たなくなったのは去年くらいからのようだ。私が受験生で、先輩は二年生の頃だった。
 その頃の先輩の作品を見せてもらったが、それまで書いていた作品とは少し違っていた。恋愛モノに不倫などのドロドロとした雰囲気が醸し出され、小説としてはいい作品なのだろうが、先輩が変わり始めた頃の作品だと思うと、意味深な感じがしてくる。作品の中に先輩の変わっていった心境の変化を垣間見ることができるかも知れないと思い読み込んでみたが、先輩からは想像できないイメージしか浮かんでこなかったのだ。
――先輩が不倫をしていた?
 経験がないと書くことができないのではないかと思える描写が、ところどころに見られる。性描写もさることながら、私には分からないドロドロとした精神状態が見え隠れしているのだ。しかも反転のタイミングが絶妙で、気が付けば読者である私が、主人公になったかのような錯覚に陥ったりもした。
 ただ、その頃の先輩とも私は何度か会って話をしていた。二か月に一度の割合で会っていたように思う。受験生としての悩みを聞いてもらったり、アドバイスをしてもらったりもした。その時はいくら何も知らないとはいえ、先輩が不倫をしているのだとすれば、何かを感じることだってあったはずだ。それなのに、何も感じなかったということは、それだけ先輩が隠し事がうまい人なのか、本当に不倫などとはまったく無関係であったのかのどちらかであろう。
 先輩の小説はリアリティがあると他の人からも聞かされた。ということは、その人も少なからず、不倫やドロドロとした恋愛を経験しているということなのか、話を聞いてみることにした。
「そうね。やっぱり不倫を知らないと描けない作品だと思うわ。でも、この作品はそんなに切羽詰った感じが出てないのよ。自然な雰囲気の中に不倫という世界を作り出している。だから読んでいて、ドロドロはしているんだけど、嫌な感じがしないのよね」
作品名:短編集69(過去作品) 作家名:森本晃次