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短編集69(過去作品)

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三心一体



                 三心一体

 怪奇たる
  話の中で巡りたる
   思い同じく記憶の彼方に

 私、乾弘明がスナックに寄るなどというのはいつ以来だっただろうか? あの日々のことがまるで昨日のことのようである。
 学生時代に馴染みの店に通い詰めたことがあったが、それは友達のお姉さんが勤めているということで、友達に連れて行かれたからだった。
――普通は肉親が水商売などしていたら、あまり知られたくないと思うんじゃないんだろうか?
 と考えたが、友達はそのあたりは大っぴらな性格だった。
「お姉ちゃんもお客さんを連れていけば売り上げに貢献したことになるからね」
 と言って笑っていたが、本当にそうだろうか?
 店でのお姉さんは気取ることもなく、大っぴらな性格は
「姉も姉なら、弟も弟」
 である。
 だが、友達は決して私を自分の家に連れて行こうとはしなかった。ほとんどが表で会って、最後はお姉さんの店というのがいつものコース。それにいつもどこかに行くのは私と二人である。別に二人きりというのはいいのだが、彼が他の友達と一緒にいるところを見たことがなかった。
 彼の名前は坂口信二といい、お姉さんは聖子と言った。もちろん店に出る時の名前は違うが、私にはいつも「聖子さん」というイメージで接している。もちろん、そのころは坂口に知られないように気を付けているが、いつの間に私が聖子さんを好きになったのか、自分でも分からないでいた。
 私は他の友達とも交流があるが、やはり一番は坂口と一緒にいることだった。他の友達とはほとんどが集団行動で、いつもその他大勢を演じていた。輪の中心に入ると何かと煩わしいと思うからで、コンパなどの幹事を任命でもされれば一大事だった。
 集団でのその他大勢になりきるのは得意だった。まるで道に転がっている石ころのように、気配を消すのである。簡単なようで実は難しい。やってみると分かるのだが、気配を消そうとすると緊張が走ってしまい、却ってまわりに気配を感じさせることになってしまう。
 私の中では友達をとりあえず作って、孤独ではないことをまわりに示しておいて、ゆっくり親友になれる人を探す。その間はなるべく気配を消しながら、それでいてアンテナを張り巡らせようと努力をする。いくつもの出る杭を引っ込めることに気を遣いながら、私は時をやり過ごす。
 聖子さんのお店での名前は「瑞樹」と言った。決して悪い名前ではないのだが、私には聖子という名前がよかった。雰囲気が聖子という名前に合っているのか陽気に思えて、そう感じるのだった。
 私は身長が百八十センチを超えていて、スリムな体型だ。それに比べて聖子さんは慎重派百五十ちょっとくらいではないだろうか。体型はちょいポチャという感じで、イメージとしては可愛らしい感じである。
 スナックでは明るい聖子さんのような人は人気がある。「瑞樹」目当ての客も少なくなく、私にはライバルが多かった。最初はいつも坂口と一緒だったが、そのうちに一人で来るようになると、聖子さんは本当に喜んでくれた。
「乾さん、また来てくれたの?」
 そう言ってだきついてくれる。これも聖子さんの魅力の一つだった。
「モア」というのがスナックの名前だが。この店は常連さんで持っているようなお店で、曜日によって客層も違うようだ。女の子は五人いて、それぞれ曜日でサイクルが決まっている。
 聖子さんは月、水、金の平日に入っていて、金曜日はさすがに客が多いが、水曜日は午後十時を過ぎるくらいまではほとんど客は来ない。
「来るなら水曜日がいいわよ」
 と聖子さんが教えてくれた。なるほど、確かに水曜日の方が客が少なかった。坂口と一緒に来るのは月曜日か水曜日だったからだ。しかも月曜日もほとんどなかった。坂口もそのあたりは心得ていたようだ。
 一人で来るようになり、店の人も心得ているのか、ほとんど聖子さんは私の専属のようにしてくれている。
「瑞樹ちゃん、乾ちゃんは常連さんだからお願いね」
 などと、ママさんから言い含められていたのかも知れない。それでも接客が私だけ特別に感じるのは、聖子さんの接客テクニックなのか、それとも私を気にしてくれているのか、どちらにしても、私にとって贅沢な時間を過ごしていた。
 ママさんとはあまり話をしたことはなかったが、まだ若そうに思えた。三十過ぎくらいだろうかと思えるほどだった。
「ママさんはいい人で、うちとはある意味家族ぐるみの付き合いのようになってるので、姉ちゃんも気軽にこのお店で働かせてもらってるんだ」
 と坂口は言っていたが、水商売が似合う人だということだけは分かったような気がしていた。
 ママさんはいつも少し遅い時間からの出勤で、他の女の子も時間差になっている。中には昼間OLをこなして店に入る女の子もいるようで、早い時間が聖子さん一人ということも多い。
 ただ、早い時間は開店準備を一人でしなければいけないようで忙しい。客にかまっている時間がなさそうだ。それでも私が来る日は早めから店の準備を初めてくれていて、ゆっくりと二人きりになれる時間を作ってくれていた。それが私には嬉しかった。
 最初は私のことを皆と同じで、
「乾ちゃん」
 と呼んでいたが、二人きりの時には、
「弘明さん」
 と呼んでくれるようになった。私も瑞樹さんという呼び方から、本名である「聖子さん」と呼ぶようになった。
「僕はそう呼びたいんだ」
 というと、
「嬉しいわ」
 本当に恋人同士になったような気がする。聖子さんは私よりも二つ年上らしく、今までに何人かの男性と付き合ってきたが、なぜか年下が多かったと言っている。
「それは聖子さんに頼りがいを感じるからですよ」
 というと、
「そうらしいの、スナックにいたりすると、そんな風に思われるのかも知れないですね、でもお店では、年上のお客さんに甘えるような雰囲気なんですけどね」
 と言ってニッコリ笑ったが、私は少し複雑な心境だった。
――聖子さんはどんな顔で男に甘えるんだろう?
 嫉妬心が頭に浮かび、次第に大きくなっていく。スナックというところに勤めているのだから、当然といえば当然だが、分かろうとすればするほど、自分の中で苛立ちがこみ上げてくるのを感じるのだった。
 聖子さんよりも若い女の子が今日の遅番だ。最近では彼女目当ての客も少なくないようで、十時すぎに客が増えてくるのも分かっていた。
 聖子さんは十一時で上がることになっている。店は十二時までなのだが、水曜日はさほど客もいないということで、少し早目に上がれるのだ。実際は早番と遅番を作ったのは、早番の女の子が早く上がれるようにするのも目的だったという。これはママ側からの理屈となるが、それも当然のことであろう。
 店の開店は午後七時、十時近くまでには三時間ある。ゆっくりとできるというものだ。その日は八時すぎまで二人きりで、聖子さんはせわしなく動き回っていた。開店してもいろいろやることがあるようで、それでも、話をしながらこなせるのだから、なかなかなものである。
作品名:短編集69(過去作品) 作家名:森本晃次