群青の夏
憂鬱な気分のまま帰り支度をしている所へ、亮平が声を掛けてきた。
「井岡、ちょっとコンビニ寄ってこうぜ」
誠と亮平は、塾があるビルの隣にあるコンビニでアイスを買い、それを店先で食べることにした。
「お前さ、今日ずーっと、ぼけっとしてたけど、どうしたんだよ?」
店先の地べたに座り込んでアイスを齧りながら、亮平が尋ねる。
「いや……、ちょっと考え事しててさ」
誠も、ビルの壁に背中を預けながら、そう答えた。
「東商に行こうか、どうしようかって?」
「うん……」
「そういや、お前ん家って、親父さんが結構厳しいんだっけ?」
「うん。まぁ、教師なんかやってるぐらいだから。俺が野球続けるの、反対なんだよ」
「それで、野球部無いとこが第一志望なんだ。なるほどねぇ」
「阿部だったら、どうする?」
「んー、わかんねぇな。まぁ、俺は東商からスカウトされるほどの野球の実力も、進学校に合格できそうなほどの成績も無いからさ。俺からすりゃ、贅沢な悩みにも思えるけど、でもさ……」
そこまで言って亮平は、食べ終わったアイスの棒を加えたまま、俯いて口をつぐんだ。誠は、その横顔を、無言で見つめた。
そういえば、亮平の家は父子家庭だという事を、以前聞いたことがあった。母親は、幼少の頃に亡くなったのだという。さっきは塾へ来る理由を、家で一人じゃつまらないから、などと冗談交じりに言っていたが、実はそれは亮平の本音で、もしかしたら、こう見えて案外寂しがりなのかもしれない。
「……あのよ、俺や翔太がいたのチームの三コ上の先輩でピッチャーやってた人でさ、って言っても、翔太が入ってくる前の年に卒業しちゃったから、あいつとは面識ないんだけど。で、その人も野球推薦で長浜実業に行ったんだよ。木田君って人なんだけど」
「長実か。名門じゃん」
長浜実業は、甲子園出場回数で言えば、東商よりやや少ないが、二十年ほど前に春の甲子園で準優勝した事が一度ある。輩出したプロ野球選手の人数も、東商より多い。
「その人の親父も長実の元エースでさ、ガキの頃から親父さんにしごかれまくってて、その分上手かったよ。とにかくコントロールが良くてさ。フォアボールなんかほとんど出さなかったし。でも親父さんほんとに厳しかったみたいで、本人は、もう勘弁してって感じだったみたいなんだよね。本人的には、野球自体は嫌いじゃないけど、あくまで楽しむレベルでやりたかった的な感じで。だから長実行くのも、あんまり乗り気じゃなかったんだって。で、嫌々行かされた長実ですぐに肘壊して、1年の途中で結局転校しちゃったんだよ。でも高校の転校って、結構難しいらしくてさ、結局通信制のとこしか入れなかったみたい」
他人事とは、思えなかった。父の身勝手で、自分の進路が決まってしまった時、どれほど悔しかっただろう、どれほど自分を情けないと思っただろう。
「でさ、こないだ久しぶりに木田君に偶然会って、色々しゃべったりしたんだけどさ、昔はいつも優しくて、誰かの悪口なんか絶対言わないような人だったのに、親父さんのこととか、今の学校のこと愚痴ってばっかで、なんか見ててかわいそうになっちゃってさ。だから、その……、おせっかいかも知れないんだけど、お前にも同じような事で後悔して欲しくないんだよ。お前も後悔したくなかったら、ほんとに東商で野球したかったら、絶対諦めんなよ。最後はお前の意志の強さ次第だぜ」
そう言って亮平は、誠の目を真っ直ぐに見た。誠も、その視線を正面から受け止めた。それでも二人の視線が重なっていたのは、ほんの一、二秒だった。亮平のほうが、照れくさくなって視線を外してしまったのだ。
「悪ィ、なんか熱く語っちゃってさ。ほんとに大きなお世話だよな、お前だって、自分なりに悩んでるんだろうし」
「そんな事無いよ。聞いてよかった。ありがとな、阿部」
普段はお調子者で、ふざけてばかりいる亮平の、不器用な優しさが嬉しかった。
「そんなら、いいんだけどさ」