群青の夏
コンビニで亮平と別れ、一人家に向かう帰り道、誠は自転車を漕ぎながら、亮平が話した木田という男の話を、思い返した。
野球推薦で進学したいという自分に、一般受験で進学しろと言う自分の父。一般受験をしたいと言う木田に、野球推薦で進学しろと言った木田の父。亮平の言う通り、誠とは逆の形だったが、父の意思で、望まぬ道を歩まざるをえなかったのは同じだ。木田の気持ちは、痛いほど良くわかる。
自分も木田のように、東商野球部のレベルの高さについていけないかもしれないという不安が、ないわけではない。だけど、自分の意思で進んだ道なら、挫折を味わう事になったとしても、納得できるはずだ。少なくとも、結果を全て自分で受け止める事は出来ると思う。
でも、仮にもし、自分が東商行きを諦め、学業優先の学校選びをした結果、野球への未練を引きずる続けたまま過ごすことになったとしたら、どれほど惨めだろう。
今まで、自分の将来について、これほど真剣に考えた事はなかった。自分の将来進む道を、自分の意思で決める。当たり前の事だけれど、それが決して簡単ではないという事を、義務教育を終えるこの歳になって初めて知った。だけど、それが出来ないようでは、いつまで経っても、親から自立する事はできない。
まだ、胸を張って自分が大人だと言い切れるような年ではないかもしれないけれど、自分の力で何も出来ないほど、子供でもないはずだ。
木田と同じ道は辿りたくない。その為には、父を説得しなければならない。
家に着いて玄関の扉を開くと、やはり美奈子が出迎えに来た。
「お帰り、疲れたでしょう?」
「うん……、父さんは?」
誠は、靴を脱ぎながら、母に尋ねた。
「今日は遅くなるみたい。他の先生達と飲みに行くって、電話あったから」
「あ……、そうなんだ」
「ご飯、出来てるけど、すぐ食べる?」
「うん」
肩透かしを食らった気分だった。父と、進路についてもう一度話をしたいとは、ずっと思っていた。思ってはいたけれど、なかなか決心がつかずにいたのだ。だが、今日は、その決心がついていた。学校では佑介や翔太と、塾では亮平と、自分たちの進路について話をして、改めて、自分は東商で野球をしたいと思った。その想いを、自分以外の誰かの意思で、断ち切られたくない。だからこそ決心できた。それなのに、そんな日に限って、父は酒を飲んで帰ってくるという。
義秀の帰りを待っても、酔っている父に、今の自分の気持ちをぶつける気にはなれない。義秀は、家ではあまり酒を飲まないが、外で飲んで来る時は、かなり酔って帰ってくることが多い。そんな状態の父に、今の気持ちを伝える気にはなれなかった。
タイミング悪いなぁ、と思いつつも、自分の父親に、自分の気持ちを伝える、たったそれだけの事に、これだけ大きな決心が必要な自分の脆弱さが、情けなくもあった。