群青の夏
翔太とある程度距離ができたところで、佑介が口を開いた。
「やっぱり、おじさん許してくれそうにないの?」
「……うん」
「そっか。まぁ、東商は偏差値あんまり高くないし、ヤンキーとかも結構いるからな。親としては嫌かも知んないよな。せっかく成績良いのにもったいないもんな」
佑介が言うように、東商は高校野球の強豪としては県内でも名高いが、学校そのものの評判は決してよくなかった。事実、野球部からの誘いを受けながら、「東商はガラが悪いから」という理由で、他校へ進学する者も少なくないという話も、ちらほら耳にする。
だが、誠の場合はそれ以前の問題だった。父義秀から、高校入学以降は野球をやめ学業に専念するようにと、以前から言いつけられていたのだ。
野球に対する未練は、ずっとあった。だが、それを父に訴えたところで聞き入れてくれるとは到底思えなかった。父は、いつだって自分の言うことは正しく、理に適っていると信じて疑わず、一度言いだしたことは何があっても取り下げない性格だった。何を言っても、結局最後は理屈で丸め込まれて、捻じ伏せられてしまうのだ。息子の考えている将来の事なんて、全て子供の絵空事でしかないと思っているようさえ思える。誠にとって父親とは、そういう存在だった。
東商からの誘いを受けた時も、誠の頭の中に真っ先に思い浮かんだのは、名門校で野球をする自分の姿ではなく、父にそれをあっさりと却下され、失望する自分の姿だった。
どうせ、父さんは俺の気持ちなんてわかってくれない。拒絶されて傷つけられるとわかっていて相談するなんて、馬鹿みたいじゃないか。
そう思って、初めから半ば諦めていた。それでも、日を追うごとに東商で野球をしたいという気持ちは強くなり、抑えきれなくなった。そして誠は、もしかしたら、という微かな期待を胸に、父に想いを打ち明けた。
だが、やはり父は全く取り合ってくれなかった。
誠なりに、悩み、苦しみ、勇気を出して伝えた気持ちだった。それをバッサリと切り捨てられた。予想通りだったとは言え、やはりショックは大きかった。
それでも諦めることはできなかった。諦めきれないが、どうすればいいか分からず、もどかしい日々を過ごしているのだった。
「でも、まだ完全に諦めたってわけじゃないよ。やっぱり自分の進路なんだから、自分の意志で決めないと。東商で野球やるにしても、ほかの高校行くにしてもさ」
佑介よりも、自分自身に言い聞かせるような口調になっているのが、自分でもわかった。佑介は、そんな誠の気持ちを、知ってか知らずか「そうだよな。俺たち、せっかく小学校からずっと一緒にやって来たんだからさ、高校でも一緒にやろうぜ」と言って、誠の背中を、大きな手の平でぽんと叩いた。誠も、「うん」と努めて明るい声を出したが、作り笑いが引きつっているのが自分でもわかってしまうほど、不自然な笑顔になってしまった。
佑介は一瞬戸惑ったような表情を見せたが、誠の気持ちを察したのか、それ以上この話題に触れる事はせず、既に丁寧にならしてある土に、軽くトンボを掛け直すと「よし、こんなもんでいいだろ。トンボ倉庫にしまって帰ろうぜ」と言ってトンボを肩に担いで、倉庫の方へ歩き出した。その佑介の声色も、不自然に明るかった。