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群青の夏

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自分の進路


 市立東尾中学のグラウンドで行われている野球部の紅白戦は、最終回を迎えていた。三対二と紅組の一点リードで迎えた後攻白組の攻撃は、ツーアウトながらランナー二・三塁。一打サヨナラの好機に、打球が三遊間を襲った。レフト前へ抜けようかというその打球はしかし、間一髪の所でショートを守る井岡誠のグラブに拾い上げられた。

 誠は、元は鮮やかな黄色だったが使い込んで黒ずんだ愛用のグラブから素早くボールを右手に持ち替え、ノーステップで一塁へ送球した。ショートバウンドになった送球が、ファーストを守る小川佑介のミットに掬い上げられるのとほぼ同時に、バッターランナーが一塁塁上を駆け抜ける。アウトともセーフとも取れる際どいタイミングだったが、主審を務める野球部顧問青木健二はアウトの判定を下し、試合は紅組の勝利で終わった。

 紅白戦終了後、グラウンドの整備の為に、誠がバックネットの裏側にある倉庫へ整備用のトンボを取りに向かうと、菊池翔太が声を掛けてきた。
「最後の守備凄かったっスね、絶対抜けると思ったのに。やっぱこないだスカウトされちゃったから気合入ってんスか?」
 翔太は誠より一年後輩で、誠と二遊間コンビを組むセカンドのレギュラーだ。体格は小柄だが、二年生部員の中では抜群のセンスを持っている。そしてスカウトというのは、県立東尾商業高校野球部からの勧誘の事である。

 東尾商業、通称「東商(とうしょう)」の野球部は、近年はやや低迷しているものの、過去に春五回、夏四回の甲子園出場の実績を誇る名門校だ。青木の母校でもあり、今年就任した西崎俊男監督は当時の青木の同期生でもある。その縁から、東尾中の練習を見学に訪れた西崎に、三人の部員が勧誘を受けた。エース投手で三番を打つ宮田英治、四番ファーストでキャプテンの小川佑介、そして一番ショート井岡誠。

 東尾中野球部員にとって、この上ない名誉な事だったが、誠には、今はその話題には触れられたくない事情があった為、わざとそっけなく答えた。
「あの状況でそんな事考えらんないよ。必死で捕りに行っただけ。それに、今日は東商の監督来てないじゃん」
「でもいいプレーしたら、青木先生から報告して貰えるかも知んないじゃないスか」
「俺達はお前みたいに、雑念だらけでプレーしたりしねえんだよ」
 なおも食い下がる翔太の質問を遮るように、後ろから声を掛けたのは佑介だった。

 佑介は、誠とは小学生時代からの幼馴染であり、少年野球チーム時代からのチームメイトでもある。団子鼻でまん丸な顔には、まだいくらか子供らしさが残っているが、縦にも横にも大きな身体は、とても中学生には見えない。
「お前こないだもバレバレの隠し球狙って、先生に怒られたばっかだろ。もうちょっと真面目にやれよな。日曜試合なんだぞ。出たくても出れない奴らだっているんだから、
レギュラーに選ばれてる以上、例え野球部同士の紅白戦でも、チャラチャラした態度見せんなよ」
 ちょっと仕切りたがりなところはあるが、チームのために言うべきことをきちんと言えるのは、やはりキャプテンとしての責任をきっちりと自覚しているからなのだろう。

 そのキャプテンのお叱りを受けた翔太は、ぺろりと舌を出したおどけた表情で「はーい、すんません」と言いながら、ズルズルとトンボを引きずってグラウンド整備に向かっていった。
作品名:群青の夏 作家名:伊藤直人