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ふしじろ もひと
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『封魔の城塞アルデガン』第3部:燃え上がる大地(前半)

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第6章:地下火山



>かの者の力はあまりにも強大だった<
 金色に輝く人面の竜のごとき魔物の思念が告げた。
>もともとは怪物の餌食になる仲間を救いたい一心で戦い始めたといっていた。だが、その力は自身の予想を超えて強大だった。気がつけば広大な土地に棲みついていた幾多の怪物をほとんど己の力一つで討伐し、僅かな生き残りをこの地へと追い込んでいたという。
 周りの人間たちはかの者が怪物を滅ぼすことを望んだ。もはやそれは目前だった。己が手を振るえば幾多の種族がこの世界から消え去ることをかの者は悟った<
 火口から間をおいて吹き上がる炎が魔物の翼に弧を描いて吸い込まれ、背中に流れた触手が打ち震えた。

>そのときかの者は迷ったという。己のなそうとすることは正しいのかと。長く怪物と戦ってきたゆえに、かの者は怪物の本質を知りぬいていた。初めはただ恐るべき化物としか思えなかったものどもが結局のところ生き物の理に従うものでしかないとすでに悟っていた。それを己一人が滅ぼしてよいのかと<
 魔物の全身の金色の輝きが拡散して洞窟の岩壁に流された。
>我と戦いながら、汝と同じくかの者も我がこの世界に属さぬものであることを悟った。そのことがかえってその迷いを大きくしたようだった。同じ世界に属するものを一人の手が滅ぼすことは許されるのかと。神とか造物主とかよくわからぬこともいっていたが、大筋そういうことのようだった。
 そのうえかの者には、仲間たる人間たちの振舞いゆえの悩みもあったのだ<
 炎を吸い込むのを中断した魔物の輝きが薄れ、緑と赤の体色があらわになった。

>かの者は人間という種族の限界をはるかに超えた力を持つゆえに他の人間が見ないものを見、考えないことを考えた。怪物の脅威から救った者どもが同じ人間に滅ぼされたり逆に他の人間を攻めたこともあったようだが、これが新たな懊悩となった。人間という種族が世界を占有し力を振るうことに、かの者は懐疑の念を抱かざるをえなくなっていたのだ。
 だから我はかの者に我が種族の過ちを告げた<
「あなたの種族の過ち?」
 目を焼く輝きが薄れたことにほっとしながらリアがきいた。

>かの者や汝が見たとおり、我はこの世界のものではない<
 魔物は地面に舞い降りて岩に巻きつき翼を休めた。
>異なる星界よりこの世界に漂着した。自らの星界を我ら自身が食い潰し滅ぼしたゆえに<
「……食い潰す? 自分の世界を?」
 それはリアの理解を超えた概念だった。
>見てのとおり我は大地の炎の力を糧に生きるもの。いわば大地の力を吸い上げて生きるものだ<
 長い触手が岩に巻きついた。
>我らは増えすぎたあげく世界を吸い尽くしてしまった。我らの世界は炎の力を失い冷たく不毛な岩の塊になり果てたのだ<
 今度はリアにもおぼろげながらそのありさまが想像できた。

>世界には均衡というものがあるのだ。かつては我らの世界にも我らを貪り生きる種族がいたという。だが、いつしか我が種族はそのものを滅ぼしてしまった。我らから見ればそれは恐ろしい怪物。だが我らが世界を吸い尽くしかねない怪物である以上、それは世界の番人、星界の守護者であった。それを我らは滅ぼした。ゆえに怪物としての我らから世界を守るものはいなくなった<
 眼点を持つ触手に引かれるように、人間に似ていなくもない顔が中空を仰いだ。

>自らの手で種族としての自らを律するのは難しい。それは己に対して必要な時は怪物として振る舞わなければならないことを意味するのだから。自らの力を伸ばすために他の者を滅ぼすのではなく、自らが世界に対する怪物であるとの自覚の下に、容赦なく己が種族の力を削がねばならないのだから。
 我らにはそれができなかった。限度を超えて増えてしまった。ゆえに我らの世界は本来の寿命が尽きるよりはるかに早く我らに吸い尽くされ、他の種族をも巻き添えに滅びてしまったのだ<
 魔物の思念に悔悟らしきものが混じった。

>我らは暗黒の虚空に離散した。広大な虚空にちりぢりとなり、それぞれが先のわからぬ漂泊の旅に出るしかなかった。我はこの世界に漂着した。他のものも二、三きているように感じたので、我はこの世界を探しまわった。出会うことはなかったが<
>そのかわり我は奇妙な生き物に気づいた。それは個体としては弱体であるのに数が集まると明らかに世界を変える力を発揮していた。直接世界を吸い上げるわけではなかったが、かつての我らのように自らの世界の運命を変えうる存在であると見て取れた。それが汝ら人間だ。我はその振る舞いを注視した<

「それで、どう思ったの? 私たちのことを」
>懸念を覚えた。世界に対して振るうその力の大きさにもかかわらず、自らが世界に対する怪物であると認識をしているようには見えなかったゆえ<
>だが、我はこの世界にとってしょせん異物にすぎぬ。軽々しく関与することは有害であろうとも思った。だから見守っていた。しかしそこにかの者が現れ、種族の域からはるかに突出した己の力一つで怪物たちを駆逐し始めた<
 魔物は岩に絡みついた身をほどき、再び翼を広げて舞い上がった。

>だから我はかの者に伝えた。我が種族の過ちを。かの者が汝ら人間という種族と世界の命運にとって大きな岐路にいることを。この岐路を種族としての力ならざるもので決するなら、もし種族としての人間が滅ぼしえないものを滅ぼしてしまったなら、種族の運命も世界の命運も大きく狂いかねないと我は警告した<
>かの者は我の警告を受け入れた。そして我らは約定を結んだ。ここに追い込まれたものどもと人間の運命がより本来の形に近い過程を経て決まるようにと<

「……どんな約定なの? それは」
>かの者は結界を張り人ならぬものが洞窟を破ることを禁じる。人間は出口を守り追い込まれたものどもと種族の域を越えぬ力で戦う。その限りにおいて、我は戦いに関与せず追い込まれたものどもを養うことに専念する。その結果人間がこのものどもを滅ぼせたなら岐路の決定として認める。しかし種族の域を大幅に越えた力で攻めるなら、我がこのものどもを守る。人間が結界を維持できず弱まったり解かれるようなことがあれば、このものどもは再び地上に解き放たれる。
 これがかの者と合意に至った内容だ<
 そのとたん、魔物の背の触手がざあっと広がった。ただならぬ様子にリアは思わず後じさった。
「なんなの? どうしたの?」
 魔物は答えなかった。眼点を持つ触手はしかし別の方向を見上げていた。

>巨大な炎が現れた。南からこの地をめがけて飛んでくる<
 ややあって魔物の思念が告げた。
「なぜわかるの? こんなところにいるのに!」
>我は炎の力を喰らうものだ。それに炎もあまりにも大きい<
 触手が探るように蠢いた。

>この地を丸ごと呑み込む大きさがある。いま地上は日没を迎えている頃だが、日没の残照が消えてさほどたたぬうちにここまでくるはず。直撃すればこの深さまで根こそぎ吹き飛び人間も洞窟のものどもも全滅するだろう<
「なんですって!」
>同族もろとも滅ぼそうというのか。どうも人間の考えることはよくわからぬ。我らは同族同士で殺しあうことはなかった。だからこそ増え過ぎたのかもしれぬが。