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タクシーにまつわる4+1つの短編

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2:口達者の功名



 僕はね、タクシーの運転手さんの話を聞くのがすごく好きなんだ。彼らは多くの人々と接しているし、面白い経験の持ち主も多いからね。
 今日は、タクシーの運転手さんに聞いた話の中でも、少し変わった話を一つしようと思う。


 その日、運転手さん(Eさんとしとこう)は一人のお客さんを乗せたんだ。年の頃は40前後、別に普通の服装。乗せた場所は、駅前のタクシー乗り場。行き先は、「とにかく北へ向かってくれ」という注文。時間は夜10時頃、電車はまだあるけど、面倒だからタクシーで帰ろうという人もいる時刻。そんなお客さんを乗せて、Eさんのタクシーは動き出したんだ。

 Eさんは、どちらかというと話好きな人だ。無論、運転手さんにもいろいろな人がいる。話しかけられると気が散って運転できない人、反対に話すことでリラックスして運転できる人、そもそも話を全く聞かない人なんてのもいるかもしれない。そんないろんな人がいる中で、Eさんは積極的にお客さんに話しかけていくタイプだったんだ。

 この日もEさんは、お得意のトークでお客さんのご機嫌をうかがった。
「今日は、寒かったですね」
「……ああ」
「お客さん、今日は飲んできたんですか」
「……」
「あぁ、お仕事でしたか」
「……ん」
でもこのお客さん、あんまり話さないんだ。まあ、そんなに話をするのが好きではないお客さんももちろんいる。疲れて話をしたくないお客さんだって、いるだろう。さすがのEさんも、そんな人にまでトークを求めることはしない。仕方なく、Eさんも黙って運転することにしたんだ。


 しばらく運転していると、無線が入った。
『ピーッ。34号車にハンドバッグの忘れ物。34号車にハンドバッグの忘れ物』
どうやらどこかの車で、忘れ物があったらしい。それを事務所から知らせるための、無線だった。
「……あぁ。これ、多分盗品ですね」
Eさんは、後ろのお客さんに聞こえるように言ったんだ。聞き流してくれても良い話だから、Eさんも話したんだろうね。
「置き引きとかでバッグを盗むでしょう。あの中身だけ抜いてバッグだけタクシーに置いていくんですよ。足がつきづらくなるんでしょうね」
Eさんは独り言のように、でもお客さんに聞こえるような声音で言葉を付け加えた。

 それからちょっとして。
「そういえば先日も、タクシー強盗がありましてね。最近は物騒ですよ」
Eさんは、再び独り言のように話し始めたんだ。
「いえね、その強盗に遭ったのが、私の知り合いでして。幸いけがとかはなかったんですが、とても怖い思いをしたって話していましたよ」
Eさんは話し続ける。
「本当に物騒です。今日あたり起きないといいですけど」
「……」


「お待たせしました。3020円です」
話をしているうちにお客さんは「ここでいい」とEさんに告げ、Eさんは金額を請求した。
「……ん」
お客さんはきちんとお金を支払い、車を降りていったんだ。


 なに、どこかちょっと変わった話だ? なんの変哲もない、普通の話じゃないかって? いやいや、まだこの話には先があるんだ。


 数日ほどたったある日。
 Eさんは、家で新聞を読んでいたんだ。そこには、連続タクシー強盗が捕まったというニュースが載っていた。その記事には、Eさんが乗せたお客さんの顔写真が写っていたんだ。

 恐らくこの強盗、Eさんのタクシーでも一仕事するつもりだったんだろう。口数が少なかったのも、なるべく特ちょうをつかまれたくなかったからだろうね。でも、唐突に忘れ物の無線が入った。ただの忘れ物ならともかく、そこでEさんが「盗品だ」と言い出した。種類は違えど犯罪の話になったので、強盗はこのとききっと動揺しただろう。
 それからしばらくして今度は、知り合いがタクシー強盗に遭った話を切り出される。その上、「今日あたり起きないといいですけど」と来たもんだ。
『この運転手、完全に警戒している。それどころかもう感づいているかもしれない』
強盗はここで今日の仕事を完全に諦め、おとなしくお金を払って降りたということさ。


 さて、ここまでならEさんが運良く強盗に遭わずに済んだって話だ。でもこの話、さらに裏が存在するんだよ。
 実はEさん、このお客さんを乗せてすぐ、こいつは強盗じゃないかとにらんでいたんだ。

 なぜかって? 彼は行き先を「とにかく北へ向かってくれ」と言った。普通、こんな事を言うお客さんはいない。大抵のお客さんは、大ざっぱでも都市名ぐらいは告げるもんだからね。で、ここから先もEさんは対策を施していた。実はEさん、乗せている客が不審者だという旨を、こっそり無線で事務所に連絡していたんだ。事務所は当然、その連絡に対応する。自社のタクシー全員に、Eさんのタクシーに不審者が載っているということを無線したんだね。で、その不審者の隠語が「ハンドバッグの忘れ物」だったのさ。すなわち34号車は、Eさんのタクシーだったんだよ。

 タクシー会社に状況を把握してもらって少し安心したEさんは、今度はなんとか彼に犯罪を思いとどまってもらえないかと考えた。その方が自分の身は安全だからね。そこでお得意の話し上手を駆使して、わざと犯罪の話をしたり、知り合いが強盗にあった話(これもでたらめだった)をしたりして、無事に思いとどまらせたというわけさ。

 でもね、
「初めての強盗だったなら、犯罪者になるのを止めてやった良い話になるけど、連続強盗犯じゃなあ」
Eさんはこの話をし終えたあと、そう言ってため息をついていたよ。