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バールのようなもの
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novelistID. 4983
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おおきな桜の樹の上で(Ten years after)

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ふと会話が途切れた時、まどかが猫のように伸びながら言った。

「来年中学かあ…どんなとこなんだろうね、中学って」

知ってる。

「さーねえ…小学校の続きみたいな感じじゃないの」

全部知ってるよ。
そう言いたくなるのを必死で堪えた。
クラスも部活も別々になっちゃってさ、段々遊ぶ機会も少なくなっちゃうんだよ。
ああでも、三年生でいっしょに生徒会やるんだ。お前基本不真面目なのにな、生徒会とか似合わなかったよな。

「で、中学三年間終わったらすぐ高校でしょ?」

「…早いよお前、まだ小学校も卒業してねえって」

お前は地元の高校に進むんだよ。私は一人だけ離れた学校行ってさ、なんかの手違いかわからんけど、音信不通になっちゃうんだよ。
その間のお前、中学の比じゃないくらいフリーダムらしいぞ。生徒会副会長のくせにパーマかけたり、授業さぼって本読んだり。あと備品のパソコン売っぱらったってなんだよ、完全な不良じゃねえかよ。

「こうしてたらさー、あっという間だよねえ。大人になるのって」

「うん…」

そこからなんだよお前、すごいのが。
舞台のオーディション受けに突然上京しちゃうの。募集見たその日のうちに、その身一つで。昭和のドラマかよ。
しかも本当に舞台に立っちゃうんだよ。
お前、この頃から「女優になりたい」って言ってたじゃん。今だから言えるけど、ぶっちゃけ無理だと思ってた。子供の頃の夢なんて、叶わないもんだと決め付けてたんだ。

それで再会するのが、成人式の日だよ。顔見ただけで一発で分かったよな、お互い。
後で調べたら、あの年の参加者2500人だって。よく会えたよな。
でもね、なんとなく会える予感はあったんだ。お前もそうだったんだっけ。

それから私が就職してそっちに住むようになって、また時々遊ぶようになるんだよ。

「…まどかさー」

「ん、何?」

それから、それからね。
お前にとってすごく辛い時期が続くんだ。
正直、私はあんまり力になれないんだ。お前自身との戦いだから。応援はするけど。

で、その戦いにお前は勝つよ。どれくらい苦しむかは分からないけど、お前は必ず勝つ。

「お前さ、すげえ大人になるよ」

まどかは振り返って眉をしかめて笑った。

「『すげえ』って何さ、あいまいだし」

それから地元に帰って伝説を作り始めるらしいんだ。それについては、まだ詳しく聞けてないんだけど。
そこまでしか私は知らない。でもそれから先も、すっげえいい事がいっぱい起きるんだ。これはもう、絶対に。

「とにかくすげえんだよ、言いきれないよ」

「わけわかんないし!」

いつの間にか茜に染まった空。風が吹いて花びらがきらきら降った。まどかの栗色の髪は夕日に透けて、赤銅色に燃えていた。

今も昔も、こいつはなんだか眩しい。
…違うな、やりたいことに向かってどんどん輝いていくんだ。私が勝手に自分の限界を決めて、つまらない大人になっていく間に。

「紗枝はさあ」

「え、何?」

ぼうっとしている間に呼び掛けられ、慌てて返事をする。

「大人になっても紗枝って感じだよね、きっと」

ずるいよなあ、お前。そういうこと言うの。
もう一回、大人になりたくなっちゃうじゃん。