おおきな桜の樹の上で(Ten years after)
校舎の時計からチャイムが響いた。午後五時だけに鳴るメロディ。帰宅の合図だ。
「紗枝、帰らなくていいの?」
「え?」
空が西側ではなく、東側から赤くなっているのに気付いた。これはきっと朝焼けの赤だ。
携帯のアラーム音がゆっくり近づいてきて、チャイムと重奏する。
「お母さんが心配するんじゃないの?」
「あー…うん、そうだな。帰らなくちゃ」
私は樹から降りてランドセルを背負い、まだ枝の上にいるまどかを見上げた。
「またね」
まどかが手を振る。逆光で顔は見えない。でもどんな顔をしているのかは、なんとなく分かる。私も手を振り返した。
「じゃあ、また」
目覚めの倦怠感のなかで、桜の樹が遠ざかっていく。ぼんやりと薄れていく記憶のなかで、これだけは忘れないようにと繰り返した。
また遊ぼう。今度の休みは帰省するから。夢から覚めたら、電話をするよ。
作品名:おおきな桜の樹の上で(Ten years after) 作家名:バールのようなもの