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バールのようなもの
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novelistID. 4983
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おおきな桜の樹の上で(Ten years after)

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「紗枝、何してんの?早く行こうよ」

名前を呼ばれて顔を上げると、栗色の長い髪をした女の子が立っていた。まどかだ。当時一番の親友だった。
細い手足、はっきりした顔立ち、生まれつき明るい色の髪。人形みたいな外見の少女。
その外見をネタにいじめられた事があったことも、この時の私はまだ知らない。

「っていうか、涙目じゃん!なんで!?」

「うるせえやい、ワサビが目に入ったんだよ」

「この状況でどうやってだよ!…っていうかワサビは目には入らないよ!」

少し幼さが残るまどかの語調に、遡った時間の長さを感じる。
目を擦って涙をごまかし、ランドセルを背負った。意外と重い。

「おださん行くでしょ?」

「おださん?」

聞き覚えがある単語だけど、意味が思い出せない。

「おださんで駄菓子買って花見しようって、昼休み話したじゃん」

まどかは頬を膨らませた。
“おださん”…小田商店のことか!学校のすぐ近くにある酒屋で、駄菓子や文房具なんかも隅っこで売っていたのだ。
登下校中は買い食い禁止という建前になっていたが、子供達はみんな“おださん”で買った駄菓子を食べていた。

「でも、おださんって、このまえ店閉めたんじゃ…」

言い掛けて止めた。それはこれから10年近く先のことだ。
窓から校庭を見下ろすと、満開の桜の薄紅色がぐるりとグラウンドを囲んでいた。ゴールデンウィーク直前、ちょうど見頃を迎える時期だ。


恐らくこれは夢だろう。でも、頬をつねって確かめることはしない。
ずっと覚めなければいい。