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オオサカタロウ
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novelistID. 20912
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Joint

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「舞野がおらんかったら、何か言いよるかな」
 所田が言うと、それとなく隣に立った柳沢が首を傾げた。
「分からん。あのおっさん、俺がおらんだけで色々言うてたんやろ」
 圭一は、輪になって話し始めた三人を眺めながら、和樹に言った。
「帰らんでいいん?」
 和樹は時計を持っておらず、空を眺めたが、それでもよく分からなかったようで、首を傾げた。
「んー、分からん。有田くんは?」
「まだいけると思うけど、姉ちゃんより遅かったら怒られるかもしれん」
 圭一は、和樹が残念そうな表情をする以上に、その青白い顔色が心配になり、言った。
「なあ、顔色悪いで」
「そうかな」
「ちゃんと食べてる?」
 舞野が、圭一の頭に浮かんでいた言葉を、そのままそっくりなぞるように言った。圭一は、さらに強い同意を求めるように、舞野の顔を見た。
「あいついつも、半分しかよう食べへんねん」
 舞野は、篠山のことを言ったつもりだったが、圭一と和樹は顔を見合わせた。それが鯛焼きのことを指していると知った圭一は、言った。
「いつも向かいで買ってるんですか?」
「井出商店? そやで」
 舞野は、和樹が首を伸ばして袋を覗き込んでいることに気づいて、一番上に乗っている一つを差し出した。
「食べる?」
 和樹はうなずいて、受け取ってすぐに鯛焼きを包んでいる和紙を開いた。圭一は代わりに言った。
「ありがとうございます」
「礼儀正しいな」
 舞野はそう言って、話半ばになっていた、圭一の持って帰ってきた部品を眺めながら、言った。
「それは何やろな。モーターかな」
 圭一は首を傾げながら、錆びついた軸の部分を掴んで捻り、言った。
「んー、でも回らん」
「おい!」
 所田が叫ぶのが聞こえて、舞野は顔を上げた。
「痛っ」
 圭一は、和樹が座る左側から蹴りが飛んできたことに驚きながら、言った。同時に、篠山が悲鳴を上げた。柳沢が駆け寄ってきて初めて、舞野は、鯛焼きを食べた和樹が全身を痙攣させながら仰向けになって倒れたことに気づいた。
「おい、キングコブラ!」
 所田が足を滑らせながら傍に屈みこむと、廃材で頭をぶつけないよう、和樹の頭の後ろに手を差し込んだ。篠山は和樹の顔を覗き込もうとして、痙攣を繰り返している腕に突き飛ばされ、尻餅をついた。すぐ後ろに立っていた圭一は、押しのけられる形で、うつ伏せに地面に転倒した。舞野は、制服が泥だらけになった圭一を引き起こして、庇うように脇へどかせると、立ち上がった。
「え……? どうなってるん、おい、西井くん」
 所田がどうにかして和樹の手を押さえたとき、突然力が抜けて、所田は勢い余って廃材に頭をぶつけた。
 所田の背中越しに見えていた手が、力を失くして廃材の上にだらりと落ちたとき、圭一は、和樹の痙攣した足に蹴られたということに、初めて気づいた。篠山が呼吸の方法を思い出すのに必死なように、胸を手で押さえながら言った。
「なんで……? なんで?」
「発作?」
 柳沢は心音を確かめるように、顔を和樹の胸に近づけながら言った。父親がこんなときにどのような診断を下すのかという答えの出ない疑問が、頭の中で意味のないループとなって、繰り返されていた。ただ、医者でなくても、その心臓がすでに動いていないということは、すぐに理解できた。
 所田が、五つ残った鯛焼きの袋を持つと、言った。
「せめて、持っていかんと。柳沢、救急車呼んでや」
「え、持って行くん?」
 篠山が慌てて、所田の顔を覗き込むように、前に回った。所田は三人を振り返ると、再び確信したようにうなずいた。泣いていないのは、自分だけだった。
「色々聞かれるやろけど、そこはどうにかして言い逃れてくる」
 返事を待たずに、所田は自転車のスタンドを倒すと、立ち漕ぎで駆けだした。篠山は、地面にへたり込んだまま動けないでいる圭一の所へ駆け寄り、言った。
「大丈夫? 救急車すぐ呼ぶから」
 柳沢は廃材の上に跨ったままになっている和樹を抱えて、地面に下ろした。
「おい……」
 すでに息をしていない上に、心臓も止まっている。死んでいるということは自分が一番理解しているにも関わらず、話しかけずにはいられなかった。意識していないとそのまま倒れ込みそうだったが、柳沢は廃材に掴まって、どうにか立ち上がった。一番近い公衆電話は、自転車で数分のところにある。
 篠山はずっと圭一の手を握り続けていたが、舞野の方を向いて言った。
「なあ、どうしよう……」
 舞野は夢遊病者のように立ち尽くしていたが、地面に落ちた食べかけの鯛焼きに気づいて屈みこむと、ゆっくりと拾い上げて、呟いた。
「これ……、中身何?」
 鯛焼きのかじられた跡から、砂糖のような粉末がこぼれ出ているのを見て、篠山はその場に座り込んだ。
「それって……、麻薬ちゃうん」
 砂糖をさらに細かく砕いたような、真っ白の粉だった。和樹の発作の原因が、体内に入った大量の麻薬だったということと、いつも渡される一万円の意味が、頭の中で一本の線に繋がっていた。篠山は、舞野の顔を見ながら、声にならない言葉を頭の中で発した。わたし達は、『運び屋』だったのだ。
「いつも上の二つ渡してたやん。それって……」
 篠山が言うと、舞野も同じ結論に達していたようだった。篠山は空いている方の手で涙を拭いながら考えた。上の二つは、いつも吉巻と田川の分だった。中に麻薬が入っていたからだ。だからあの二人は食べなかったのだ。舞野の表情を改めて見上げた篠山は、無意識に瞬きをした。前髪が入り込もうとするのを払って、圭一に耳打ちした。
「有田くん、大丈夫?」
 圭一はうなずいたが、そんなわけがないのは、篠山にも分かり切っていた。舞野は鯛焼きを手に持ったままその場に座り込んで、解決しない問題の糸口を探すように、かじられた跡を覗き込んでいた。篠山は、圭一に小声で言った。
「内緒ね」
 圭一はまたうなずいた。篠山はその手を離して、言った。
「走って」
 圭一が駆けだすのと同時に、舞野が顔を上げた。その手が鯛焼きから離れ、圭一の体を掴もうとするのを、篠山が代わりに掴んで止めた。
「やめてや!」
 圭一が廃材の隙間を通って走り去ったとき、舞野が舌打ちしたのを、篠山は聞き逃さなかった。同時に、自分の直感は当たっていたと確信した。舞野の目は、圭一が逃げないように見張っていた。
「逃げてもうたで……」
 舞野の言葉に、篠山は顔をしかめた。
「逃げたって、なんなん? どうするつもりやったんよ」
 篠山は、舞野の顔を直視できずに顔を伏せた。なんせ、麻薬の運び屋なのだ。そんな皮肉めいた言葉が頭に浮かんだが、それを言葉に出すだけの力も残っていない。
「せめて、あいつらが帰ってきてから……」
 篠山は首を横に振った。もっと意見が割れて危険なことになるのは、目に見えていた。
「絶対無理やから。わたしが逃がしたって、言ってくれていいよ」
 そう言ったとき、外で自転車を倒すような音が鳴って、柳沢が駆け込んでくるなり言った。
「小銭がない、ごめん!」
 廃材にひっかけた学生鞄のファスナーを開けて手を突っ込んだとき、圭一の姿がないことに気づいた柳沢は、言った。
「あれ? もう一人は?」
作品名:Joint 作家名:オオサカタロウ