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オオサカタロウ
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novelistID. 20912
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Joint

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 目の前の空っぽになった皿を見て、明日香が笑った。圭一は明日香の視線には構わず、言った。
「向かいの鯛焼きは、好きみたいやけど。でも、あんま買ってくれんみたい」
 明日香は『鯛焼きかー』と呟いた後、ふと思いついたように言った。
「西井くんのお父さん、何してる人なんかな」
 義彦は、由美が先に目で制したのを理解して、言おうとしていた言葉を飲み込んだ。由美は言った。
「地震あったばっかりやし、大変なんよ。うちかてお店が倒壊したら、えらいことやったで」
 その説明は、昼に義彦が由美に対して言い聞かせたのと同じ内容だったが、二人を納得させるのに十分だったらしく、明日香と圭一は神妙な表情で顔を見合わせた。
   
 夜の十時。洗い物を終えた由美は、ビールを取りに台所にやってきた義彦に言った。
「まだ飲みますか」
「いや、明日の分ちゃんとあるかなと思って」
 由美がその言い訳に笑いながら、洗ったばかりのグラスを差し出すと、義彦はわざとらしくぺこりと頭を下げた。
「いやあ、いただきます」
「なあ、西井さんとこやけど」
 由美はシンクを見つめながら言った。義彦は、水滴のついたグラスを手に持ったまま、うなずいた。
「圭一は、仲良さそうにしとるからな。難しいね」
「学校の外のことまでは、どうしようもないから。なるべくまっすぐ帰ってきてくれって言うしか、ないんかな」
 義彦は、由美の横顔を見ながら思った。和樹の覇気がない感じからすると、圭一が引っ張られてしまうような雰囲気は感じられなかったが、二人とも無口なようで、圭一は和樹のことをよく知っていた。由美は続けた。
「明日香に一緒に帰ってきてっていうのも、かわいそうな気がするし」
「まだ友達って感じでもなさそうやから、ちょっと様子見かな」
 義彦は、手の中で曇ったグラスを開いている方の手へ持ち替えると、呟いた。冷蔵庫のドアを開けようとして明日香と鉢合わせし、また肩をすくめた。
「このパターン多いな。なんや、ちくわか?」
「ちゃうし」
 明日香は笑いながらオレンジジュースの紙パックを手に取ると、義彦を押しのけるように、洗ったばかりのグラスを手に取った。
     
 圭一が和樹と帰るようになったのは、月曜日のことだった。明日香は、ランドセルのフックにひっかけた給食袋の紐が絡まっていることに気づき、机の上に置いてほどきながら、町岡がわざとらしく体を横に揺すって催促するのを見て、言った。
「ちょっと待ってって」
「あすか―、はよしてー。絡まってるん?」
 給食袋と町岡のプレッシャーに耐えながらも、圭一のことは気がかりだった。火曜日から木曜日までの三日間も、圭一は和樹と帰っており、軒先であっち向いてホイをやることもなくなっていた。オレンジジュースを取りに行ったときの、義彦と由美の心配そうな表情。会話の中に、ぼんやりと聞こえた自分の名前。意味するところは分からなかったが、心配されているのが自分ではないというのは、何となく理解できた。知恵の輪のようにほどけた紐をぴんと張ると、明日香は町岡に笑顔を向けた。
「いけた。おまたせ」
 男子が運動場から持ち帰った砂で滑る階段を一階まで下りると、下駄箱のところで、明日香は首を回した。いつもならどこかに圭一がいる。
「圭ちゃん? 今日もおらん?」
 自分が母親なら、町岡は親戚のおばちゃんだ。明日香は同じように首を回す町岡に笑いかけながら、それでも姿を探した。
「西井くんと仲良くなっててな」
「一緒に帰ってるんやんな」
「そうやねんけど、ちょっと心配やねん」
 学校から出て、いつもの帰り道を二人で歩いていると、町岡は言った。
「わたしの兄貴は、一緒に帰るんは今日までって、めっちゃ宣言してきたわ」
「いつ?」
「わたしが四年に上がったくらいやったかな。やから、圭ちゃんが一人で帰るのも、自然なんかも。かーちゃんは寂しいやろけど」
「誰がかーちゃんよ」
 一緒に歩く最後の角で別れると、明日香は西日に顔をしかめながら、店までの道を歩いた。井出商店の前に集っていた中学生三人が自転車に乗り、ゆっくりと漕ぎだしたのが見えた。
   
 いつもとは少し違う道の先にある、廃材が積まれた空き地。外には、舞野の自転車がぽつんと停められている。篠山は自転車のスタンドを起こすと、柳沢に言った。
「寄り道? てかさ、舞野くん、なんで来んかったん?」
 所田が、ベンチ代わりになった廃材の束を指差した。篠山は耳を澄ませた。話し声が聞こえる。舞野はいつも誰かの聞き役だが、今日は所田ではなかった。
「えー、そうなんや。親父さんすごいな」
 廃材の上に腰かけて、少し困惑しながらも笑顔で応じている隣には、小学生の男の子がいた。少し恥ずかしそうにはにかんでいたが、その顔を見た篠山はすぐに気づいて、言った。
「あの、白い車の子?」
「そうそう。仲良うなったみたいやな」
 そう言うと、所田は柳沢に言った。
「びっくりさしたったら」
 柳沢はしかめ面で応じたが、小さくため息をつくと廃材を乗り越えようとして、足を滑らせて大きな音を鳴らした。舞野が気づいて、言った。
「おーい、柳沢。ごめん行かれへんで」
 所田と篠山が後ろから現れて、舞野は和樹の視線に気づいたが、笑顔で言った。
「大丈夫、俺の友達やから」
 廃材置き場は、使われているのかよく分からない空き地で、三方が高いコンクリートの遺構に囲まれているから、雨は凌げないものの、仲間内で話し込むには最適な場所だった。煙草を取り出そうとした所田は、特別ゲストに気遣って箱を押し戻すと、言った。
「あの、キングコブラの子? ごめん、名前分からん」
 車の名前を知っていることに驚いたのか、和樹が笑顔でうなずいて、言った。
「キングコブラでいいです」
「いや、あかんし」
 篠山が言い、他の三人が笑った。和樹もそれに合わせるように笑ったとき、舞野が遠くに視線を向けて、言った。
「なんか見つけた?」
 圭一は、発電機の部品のような塊を左手に持って、廃材を器用に避けながら着地すると、新しく増えた面子に目を丸くした。
「舞野の友達です、初めまして」
 篠山が言った。圭一が頭を下げると、所田が言った。
「もしかして、クリーニング屋さん?」
「そうです。有田です」
 圭一は、左手に持った部品に視線を落とした。
「それ、なんやろ? 車の部品かな?」
 舞野が言うと、圭一は首を傾げながら、和樹の隣に座った。鯛焼きの袋を持った所田は、それを地面に置くと、篠山に言った。
「今、何時ぐらい?」
「あんまり、時間潰してられんかも」
 今日も、吉巻のところへ鯛焼きを持って行かなければならない。篠山は、少しだけ猫背になって和樹の話に付き合う舞野の様子を眺めた。舞野は子供に優しい。何がきっかけになったのかは分からないが、前にも、近所の子供がそのまま待ち合わせ場所までついてきたことがあった。そのときは夏祭りで、一緒に連れて行くだけでよかったが、三〇三号室は一緒に連れていけるような場所ではない。四人セットで来いと明確に言われているわけではないが、一度柳沢が塾で欠けたときに、吉巻が気にかけていたことからすると、揃っている方が無難な気がする。
作品名:Joint 作家名:オオサカタロウ