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オオサカタロウ
オオサカタロウ
novelistID. 20912
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Joint

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 午前三時半が待ち合わせの時間だったが、マスタングには車載時計がなく、腕時計はよく狂う安物で、西井が頼りにしているのは、後ろを走るコバルト物流の日産アトラスだった。運送業だけあって、ハンドルを握る糸井源太の時間配分は間違いがなく、西井より先を走っているのが本来あるべき姿だったが、ディーゼルの黒い煙を浴びながら走るのはあまりにも苦痛で、すぐにこの並びに変わった。西井は、緩い上り坂に差し掛かって、アクセルを踏み込んだ。V型八気筒エンジンに惹かれて買ったが、さほど加速がいいわけでもなく、音と悪燃費だけは一人前だ。アトラスも上り坂は苦しいらしく、バックミラー越しに街灯が霞むぐらいの黒煙が上がった。
 今年は出だしから散々だった。西井はギアを三速に上げながら、天地がひっくり返ったような一月の大地震を、思い出していた。住んでいたアパートは傾き、高速道路は真っ二つに折れて、和樹は転校する羽目になった。マスタングは無事だったが、隣に停めていたハイエースは倒壊したブロック塀に潰されて、真っ平らになった。西井が懇意にしてもらっていた取引先の藤原と初田は、火災で死んだ。それでも、どうにかして仕事の細い糸はつながった。真っ先に動いたのは、井出だった。無事な人間と連絡を取り合って集まったとき、テキ屋の経験がある井出は、『鯛焼きでもイカ焼きでも、何でも焼いたるわ』と言って笑い、本当にその通りになった。
 後ろを走る糸井は全く違う地方の出身だが、隣に座る式野は、同じく被災して、井出に救われた一人だった。二十歳で、まだ運転は危なっかしい。糸井が経営するコバルト物流には一回り小さいキャンターもあるが、フロントバンパーは、式野が独創的な単独事故を起こした結果、スマイルマークの口みたいに端が吊りあがっている。
 西井は待避所にマスタングを寄せると、ハザードを焚いた。アトラスが横に並んで、咳込むような音を鳴らしながらエンジンを停めた。運転席から降りた糸井は四十歳で、身長一八五センチと大柄だった。その鋭い目は夜中でもどこか光を放っていて、西井は自然と目を逸らせて地面を見つめた。助手席から式野が降りると、西井に頭を下げた。
「うっす」
「こんばんは」
 西井が答えると、糸井が煙草をくわえた。式野は慌てて火を点けると、糸井が煙を吐き出すまでその様子を見届けてから、西井に向き直った。
「コブラ、調子いいすか」
「いいよ」
「和樹くん、一緒じゃないすよね」
「んなわけない」
 西井がそう言って乾いた笑い声を上げたとき、待避所の反対側からカローラバンが入ってきて、運転席から降りた吉巻が言った。
「お疲れ」
 リアハッチを開けて段ボール箱をひと箱取り出し、小脇に抱えた吉巻は、錆だらけのアトラスを見ながら言った。
「飯のタネやろ。ちゃんと整備しなはれや」
 糸井が返事の代わりに地面に唾を吐き、式野は代わりに頭を下げた。
「見た目やないっす。エンジンはちゃんとしてますんで」
「あーそう」
 吉巻は愛想笑いで会話を打ち切ると、式野に段ボール箱を押し付けるように渡して、言った。
「とりあえず、まとまった量になったけどもや。このやり方は効率悪いな。ペース的に、前の半分ぐらいやぞ」
「ま、まあ。地震もあったし、ゆっくり戻していくんやないすかね」
 式野が言うと、吉巻は西井の方を向いた。
「あんたも受け渡しだけで行ったり来たり、大変やね」
 西井は愛想笑いで応じた。仲介人。ブローカー。何とでも呼び名はある。しかし、甲斐性から言えば、地震でぺしゃんこになったハイエースを買い替える金がないぐらいだ。ただ、西井に会わないと誰も金を貰えない。そういう仕組みになっている。この顔合わせが済んだことを井出と田川に報告するのは、あくまで西井の役目で、それ以外の誰が『終わりました』と言っても、井出と田川は信用しない。そういうルールになっている。もしそれが破られたら、そのときは『アリさん』が来る。呼ばれたことは一度もないが、西井はその恐ろしさを尾ひれがついた都市伝説の一部として聞いていた。喧嘩の仲裁に来たはずが、相手を一方的に斬り殺した男。
 カローラバンがぐるりと転回して引き返していったのを確認して、西井はマスタングのエンジンをかけた。式野が段ボール箱を積み込むと、手を挟むすれすれで勢いよくゲートを閉めた糸井が言った。
「ペラペラ口利くな、ドアホが」
「すんません」
 式野は頭を下げた。井出の言葉は単純だった。『海があかんのやったら、山に行ったらええ』。実際、取引に使っていた港はひどい有様で、今でも復旧作業が続いているから、出入りができない。拠点を移したことで、吉巻が住む『梱包工場』までの距離は近くなったが、ペースは半分に落ちていた。おまけに、西井が目立つキングコブラでついて回るという、おまけつきだ。
 たった今、積荷に追加された段ボール箱の中身は覚醒剤。
 吉巻があの太い指で、丁寧に無数のパケに分けている。
作品名:Joint 作家名:オオサカタロウ