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オオサカタロウ
オオサカタロウ
novelistID. 20912
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Joint

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 柳沢はそう言って、笑った。気を抜くと、端から端まで歯を見せて笑う、田川の顔が浮かぶ。所田も舞野も話題にはしないが、あの整った顔と、機械で計算されたような笑顔は、魅力的には見えないのだろうか。
    
 今は、家に上がれない。舞野は、自分の住んでいる六〇七号室の窓が、明るくなったり暗くなったりを繰り返しているのを見て、小さくため息をついた。中で電球が揺れているということは、兄貴と親が喧嘩をしているということだ。高校に上がってから、特にひどくなった。今ドアを開ければ、兄貴からは『新たな敵』として、親からは『仲裁もろくにできない役立たず』として見られるに決まっている。被害妄想ではなく、実際にそう言われたことがあった。
 遠くでガラス瓶が粉々に割れる音が聞こえて、笑い声が上がった。夜の八時。まだ人通りは多い。笑い声の一人が所田であることに気づいた舞野は、柵を乗り越えて公園の中を歩いた。所田と、顔を見たことがある程度の二人組がいて、三人はサッカーボールを並べたガラス瓶に当てて遊んでいるようだった。所田が真っ先に気づいて、笑顔を向けながら言った。
「おう」
 舞野が目だけで挨拶を返すと、他の二人は所田の様子を伺いながら、小さく頭を下げた。どこにでもついてまわる『暴力装置の所田』という評価。その古い友人である舞野は、それだけでカツアゲに遭うこともなく、気楽な学生生活を送れていた。
「家、また喧嘩しとったわ」
「元気やな」
 所田はそう言って、サッカーボールを足元に引き寄せると、舞野の方へ転がした。舞野はそれを掬い上げると、少し寄った二本のガラス瓶めがけて蹴った。回転がかかったボールが二本を同時に倒し、所田と二人組が歓声を上げた。
「相変らずコントロール鬼やな、ほんま」
 所田はそう言うと、姿勢を正した二人組に言った。
「おい、行け。三本」
 倒した分だけジュースを買いに行くルールらしく、二人組が走って立ち去るのを見送りながら、舞野は言った。
「別にええのに。喉乾いてんの?」
 おそらく、あの二人は一学年下だろう。だからこそ、ジュースを買ってこさせるのは、勝負事に関係なく気まずい。舞野の表情に気づいた所田は、眉をひょいと上げて言った。
「ルールやからな」
「あいつらが倒したら、お前が買いに行くん? なんか想像できんわ」
「やろ。買いに行けなんか言いよったら、一発どついて終わりや」
 所田はそう言って笑うと、自分が住む八〇四号室を見上げた。明かりは点いていない。舞野の視線に気づくと、呆れたように笑った。
「中におってもしゃあないしな。お前、篠山のこと好きなん?」
 突然転換した話題に、舞野はコーラをこぼした。
「何なん急に?」
「いや、なんとなく」
 所田は八〇四号室を嘲るように見上げながら、その状況を面白がっているように、笑顔で言った。
   
 篠山がピアノを弾くと、必ず猫のレフティが邪魔をする。最近はドアを頭で押して開けるようになって、その頻度は確実に上がっていた。ただ、サティのグノシエンヌ第一番だけは少し特別らしく、楽譜の横に座ってしばらく指の動きを観察してから、止めに入る。右手の上に乗ったレフティを見つめながら、篠山は空いているほうの手で首のあたりを撫でた。
「弾かれへんでしょ」
 返事の代わりに舌を出すだけで、レフティは動じない。演奏が止まったことに気づいた姉のアヤコが顔を出し、いつものように邪魔をされている篠山の表情を見ながら笑った。
「またや」
「ほんま、発表近いのに困るわ」
 篠山が言うと、アヤコは居間を指差した。
「テレビ見ん?」
「今? んー、どうしよかな」
 返事を迷っていると、レフティが立ち上がって鍵盤から飛び降り、アヤコの足元にすり寄った。篠山は諦めたように立ち上がると、言った。
「居間に来いって意味やったん? 回りくどいなあ」
 篠山が居間に入ると、同じような柄のシャツを着た父母が振り返って、声を揃えて言った。
「どんどん上手くなるな」
 テレビに映っている歌手を見て、篠山は首を傾げた。
「テレサテンって、誰?」
「最近、亡くなったんよ」
 アヤコがそう言うと、レフティを抱え上げてソファの上に乗せた。篠山は新聞の番組表を見て、一時間あることに気づくと、目を回した。
「ほんまに練習せなあかんのに」
   
 深夜一時、カエルの鳴き声のようなエンジン音が聞こえてきて、明日香は布団の中で目を開けた。『クリーニングの有田』の二階に載せただけのような家。窓側の部屋は明日香が使っていて、目の前の通りがよく見えた。向かいの井出商店はすでに閉まっていて、街灯でシャッターがぼんやりと照らされている。駐車場の中をのろのろと進むマスタングが通りに鼻先を出すと、地響きのように低いエンジン音を鳴らしながら出て行った。その後ろ姿を見送りながら、明日香は思い出していた。西井家の息子は和樹という名前で、地震で被災した転校生の一人だった。クラスは違うが圭一と同じ学年だ。つかみどころがなく、帰り道で一緒になっても話したことはないと、圭一は言っていた。父親も変わった車に乗っているし、親子で同じような感じなのかもしれない。
 あちこちぶつけた跡のあるトラックが後ろをついていくのが見えて、明日香は少しだけ身を低くした。青色の車体に、銀色の箱型になった荷台。小さく『コバルト物流』と書かれているのが見えたが、それを隠したいように、マフラーから真っ黒な排気ガスが巻き上がった。窓を閉めた明日香は、全く来ない眠気をどうやって呼ぶべきか考えながら、もう一度窓を開けた。しばらく通りを見つめていても動きはなく、台所に行ったところで、眠そうな顔の義彦と鉢合わせして、明日香は小さく悲鳴を上げた。
「あーびっくりした。目、覚めた」
「何がや。起きとったやろ」
 義彦はそう言って笑うと、冷蔵庫を開けた。隣で同じように中を覗き込む明日香に気づいて、苦笑いを浮かべた。
「朝、起きられへんぞ」
「あんだけびっくりしたら、もう無理」
 義彦はタッパーの中に整然と並べられたチーズちくわを見て、言った。
「なんか食べてから寝るか?」
 明日香がうなずいたとき、圭一がいつの間にか二人の後ろに立っていて、言った。
「なんの騒ぎ?」
 その言い回しに明日香が笑いだし、その声で由美が起きてきて、腕組みをしながら義彦に言った。
「夜な夜な、何してんのもう」
「いや、小腹がな」
「そんな臓器、人間にはございません」
 由美はぴしゃりと言うと、義彦が手に取ろうとしていたのがチーズちくわであることに気づき、笑った。
「ほんま好きやなあ」
 台所の電気をつけると、夕食の通りの席順で三人が座り、由美は醤油とマヨネーズを出して、義彦と同じ表情でチーズちくわが出てくるのを待っている明日香と圭一に、言った。
「大人なったら、酒飲みなりそうやわ」
     
作品名:Joint 作家名:オオサカタロウ