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オオサカタロウ
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novelistID. 20912
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Joint

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 吉巻はそう言うと、部品が外れた人形のように笑った。柳沢は、その様子を見ながら思った。吉巻は、体の中身を留めているネジやボタンが、全て緩んでいるように見える。唐突に鼻をかみだしたのも、笑ったことで、鼻の奥を閉じている何かが外れたからに違いない。
「柳沢くん、彼女でもできたか?」
 吉巻は、柳沢だけ敬称付きで呼ぶ。柳沢が慌てて否定すると、田川がくすりと笑った。二十五歳で、ひと回りは年の離れた吉巻と付き合っているらしいということは、篠山が真っ先に見抜いた。田川はエアコンの風をリモコンで弱めながら、言った。
「男前やから、モテるでしょ」
「いやーどうなんでしょう。相手の感情が見えるメガネとか、あったらいいんですけど」
 田川は途中までしか聞いておらず、吉巻はその具体的なイメージを想像できなかったから、会話はそこで止まった。所田が言った。
「あの、都市伝説みたいな話なんすけど」
 篠山は宙を仰いで、呆れたように目を回した。さっきの『人斬りヤクザ』の話。所田が高校の『先輩方』から聞いた話をそのままそっくり話すと、吉巻は先に大きなくしゃみをしてから、笑い出した。
「んな、任侠映画みたいな話、あるかいな。大体、逃げてもたらハクがつかんやろが。そこで捕まって、何年か喰らわなあかんねん」
 田川が愛想笑いで付き合っていると、吉巻は顔の部品を元に戻すように口を一度大きく開けた。
「あれ、七十六年やったか? 地主の夫婦が斬られて死んだ事件はあったな。あっちゃこっちゃで恨み買うとってな。山奥で、首二つだけ見つかった。生きたまま歯は抜かれとるわ、目はないわで、えげつなかったらしいぞ」
 その凄惨さにたじろいだ舞野は、所田が犯人であるかのように、その顔をちらりと見たが、さすがに所田も、顔色を少しだけ変えていた。四人が居心地の悪さを自覚し始めたとき、それまで静かだったトイレで水を流す音が鳴った。篠山が小さく悲鳴を上げて、柳沢がトイレの方向を振り返ると、まだややずり下がったズボンを定位置に引き上げながら、男が出てきたところだった。
「おー、君らはなんや」
 気さくな笑顔を見せて、男は笑った。吉巻が大儀そうに体をずらせて、男の座る場所を空けながら言った。
「ちょうど、お前の話をしとったんや」
 四人は顔を見合わせた。男は吉巻をそれとなく足で押しのけながら、胡坐をかいて座った。
「そうかいな。便秘やって?」
「アリさんを呼べ―、ゆうてな。それで昔は、何でも解決しとったんや」
 有田丈治は表情を消すと、その鋭い目線を部屋にいる全員に向けた。しばらく流れた沈黙を打ち切るように、煙草をくわえた。田川が小さな金庫から万札を一枚抜くと、所田に手渡した。
「はい、ありがとね」
 四人は、来たときよりも早足で階段を下りると、自転車に乗ったところで大きく息をついた。柳沢が水面にようやく顔を出せたように、深呼吸をしてから言った。
「なんやねん、あのおっさん」
「怖かったね」
 篠山は心臓の辺りを押さえるように、制服のリボンを掴んでいた。所田は、もらった煙草の苦い後味を消すように、自販機で買ったジュースを一口飲んだ。
「ヤバイ奴やな。あれが犯人やろ」
 舞野は、篠山に言った。
「大丈夫?」
「うん。初めて見た人やったから」
 何回も家に上がっているが、吉巻と田川以外の人間がいたのは、初めてだった。以前から頭の片隅にあった違和感は、今日に限って巻き戻しボタンを押されたように、頭の中で最初から再生されていた。三人と別れて、篠山は家までの道を自転車で走りながら思った。恋人同士なのは分かるけど、あまりにも年が離れているし、田川はすらりとして整った顔をしているのに対して、吉巻は不良品のぬいぐるみみたいな見た目をしている。それに、いつも半分程度食べたら残してしまう自分が言えることではないが、あの二人が鯛焼きを食べるところを見たことがない。そして、いつもくれる一万円。均等に配分されて小遣いになるけど、できたら、三人で分けてほしい。何より、最も心細いのは、そう思っているわたしだけが、帰り道もまた井出商店の前を通ることになるということ。できたら、舞野と話しながら帰れたらと思う。一人で通って声をかけられたら、どう答えていいか分からない。
 ほとんど落ちかけた夕日を見ながら、篠山は井出商店と反対側の歩道を自転車で走った。声はかからず、『クリーニングの有田』から出てきた客を見送って、店主が出てきたところだった。店の前では、ランドセルを背負った女の子と、弟らしい男の子が、あっち向いてホイをやっている。
「ありがとうございました」
 深々と頭を下げた店主は、クリーニングを生業としている誇りのように、真っ白のシャツを着ていた。目が合い、思わず篠山がぺこりと頭を下げると、店主も条件反射のようにお辞儀をした。申し込み用紙とお客様控えがキリトリ線でセットになった用紙を持った店主の妻が、あっち向いてホイを続ける姉弟に声をかけた。
「明日香、圭一。勝負ついたら中に入りなさい」
 思わず足を止めていた篠山に気づいた妻が目を丸くして、ぺこりと頭を下げた。
「こんばんは」
「あ、あの。こんばんは」
 篠山は思わずお辞儀すると、有田家全員の視線に応じるように、簡略版のお辞儀を繰り返した。それがあっちむいてホイ終了の合図になったのか、明日香と圭一は店の中に駆け込むように入っていった。
「よかったら、割引券どうぞ」
 妻がポケットから出した五枚つづりの割引券を差し出しながら、笑顔で言った。篠山が何度も頭を下げながら受け取ると、夫が仕事用と家庭用の中間ぐらいの笑顔を作った。再び自転車を漕ぎ始めた篠山は、頭の中で勝手に繋がろうとする情報に、自分で笑った。クリーニングの有田。吉巻が何かあったら呼ぶ『アリさん』。あの男は、この店のオーナーの親類なのだろうか。
    
 柳沢家の夕食は早い。父の康生が単身赴任になってからは、子供の生活ペースに合わせて特に早くなった。放課後に鯛焼きを食べる習慣ができてから数か月、食欲は少し下がり気味で、妹の恵理はどこで覚えたのか、柳沢の小食振りを『恋わずらい』と言ってからかっていた。茶々を入れるのは妹だけで、期末試験の結果はとりあえず『合格ライン』だったから、遊びを制限されるような余計なことを言われる雰囲気は全くなかった。仲間とちょっと集まって、だべってから帰っているだけの話で、塾がある日は全く別の人間になったように、違う面子と顔を合わせて、勉強の続きをやっている。
「どこで油売ってんのー?」
 角が落ちてボロボロになったルービックキューブを頭の上に掲げながら、恵理が言った。母の洋子も、同じように思っているらしく、少しだけ疑いの目を向けた。
「なー。学校終わってまっすぐ帰ってきたら、四時半ぐらいちゃうの?」
「舞野の話に付き合ってたら、ついつい長くなってまうねん」
 本当は、学校が終わって声をかけに来るのは所田と決まっていたが、柳沢家の中ではすこぶる評判が悪い。恵理が笑った。
「まいくん、帰る家ないんかな?」
「いや、あるやろ」
作品名:Joint 作家名:オオサカタロウ