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オオサカタロウ
オオサカタロウ
novelistID. 20912
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Joint

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「子供を死なせてしもたんやから、怖がるのは分かりますけど。私は四人とも殺せとは言ってない。篠山マリエだけは捕まえるなって、はっきり言いました。聞き違いはあり得ません。丈治はその通りに言うたはずです」
 式野は思わず、田川の横顔を見た。刑務所行きが決まったことで、その矛盾については深く考えていなかった。
「もしかして……、四人って言い換えたんは、田川さんなんですか? それで、あんだけゴタゴタしたんですか?」
 田川は観念したように、うなずいた。義彦と式野の両方の同意を求めるように、視線を泳がせた。
「一人だけ残すわけには、いかんやんか」
「でも、それで……」
 式野が言い終わらない内に、義彦がその首へ短刀を突き刺した。引き抜くのと同時に血がテーブルの上に散って、式野は自分が撒いた血の海に突っ伏したまま動かなくなった。義彦は短刀の先で、式野の後頭部を小突いた。
「ごちゃごちゃしつこいんは、女にモテへんぞ」
 田川が咄嗟に身を引こうとしたよりも早く、義彦の手がその頭を掴んだ。万力のような力で引きずられた田川は、仰向けに倒され、両腕を馬乗りになった義彦に封じられた。
「圭一は、あの現場におったんです。全部教えてもらいました。女の子に、隙を見て逃がしてもらったと」
 田川は、義彦の目に一瞬だけ宿った光を、見て取った。家族の前でどんな表情をしているのかまで、全てが理解できたように感じた時、義彦は言い忘れていたことを思い出したように、言った。
「とにかく、勝手な判断をせんでもらいたかった。それだけです。目と歯は、いつも殺してからやるんですが、吉巻と井出と糸井の三人は、生きたままやりました。罰としてね」
 短刀の刃先が瞼の隙間に食い込んだ瞬間、田川は叫んだ。呆れたように刃先を離した義彦は、笑った。
「人が全然おらんで、よかったです。なんぼでも叫んでください」
    
 夜の七時、番号が書かれていない一番枠に車を停めた義彦は、完全に落ちた太陽が微かに照らす紺色の空を見上げた。スポーツバッグを手に取って車から降りると、サイドウィンドウに映る自分の姿を見て、服や顔に返り血が残っていないことを、改めて確認した。二人の人間を解体するのに六時間。掃除に、二時間。若い頃より、少し休憩の時間が増えただけだった。大半はトイレから下水へと流れていったが、大物の骨と頭はまだトランクの中に入っている。骨はともかく、頭は一番時間がかかる。顎の関節を割って、二つに分けなければならない。
 店の中を通り抜けて家に上がると、テレビで見たばかりなのか、智博がボクシングのような構えをして、廊下を歩きながらパンチを繰り出していた。その後ろから、壁に手が当たらないよう庇いつつ歩く圭一が、義彦に気づいた。
「おかえり」
「ただいま。スーパーはあかんね。結構、人おった」
 義彦は言いながら、うんざりしたようにマスクを外した。洗面所で手を洗っていると、いつの間にか横に立った由美が、タイマーで時間を測った。
「あと十秒」
「手、ふやけるわ」
 義彦は言いながらも、由美が『オッケー』というまで、手を洗い続けた。明日香が台所に立っていて、洗面所から出てきた義彦の顔を、首を伸ばして伺った。
「おかえり。あった?」
「あかんとは分かってるんやけど、何軒も回ったわ」
 義彦は買い物袋をテーブルの上に置き、明日香はリクエストしていた出汁醤油を取り出すと、消毒液を振りかけながら笑った。
「これで酔うかも」
 四人家族に、かつての圭一のようによく食べる智博。五人で食卓を囲み、十年以上振りに、圭一と明日香がお互いの部屋に戻った。智博は、しばらく義彦の手を相手にボクシングのパンチを繰り出していたが、次第にその力が弱くなり、眠気に負ける直前で、明日香が部屋へと連れて行った。
 無駄な電気が消された、薄暗い台所。食卓に残った義彦は、台所で最後のグラスを拭き上げている由美に言った。
「やっとや。全員、いてもうたわ」
 由美はグラス片手に振り返ると、猫のような笑顔を見せた。
「乾杯する?」
 義彦は、冷蔵庫から瓶ビールを出した。洗ったばかりで水滴がついたグラスと、棚に入ったグラスを取ると、由美は向かい合わせに座った。お互いのグラスにビールを注ぐと、義彦は口角を上げて笑った。
 七十六年は酷い年だった。しかし、『鼻たれ小僧』としての人生が終わった年でもあった。由美の言葉は、義彦の向かう先を決定づける羅針盤になった。
『いいよ』
 あの短い言葉が、全てを変えた。由美は二十歳だった。葬儀で涙を流しながら弔辞を述べて、下がったとき。参列した誰もが、両親を凄惨な事件で失った『被害者』だと思っていた。義彦は、隙を伺うように自分の方を向いた由美の表情を、思い出していた。あれほど美しい嘘泣きは、他に見たことがない。涙を拭った由美が、泣き顔のまま舌を出したとき、その一瞬だけ、自分がしたことが恐ろしくなった。
「明日香が大学に入る前に、全部終わるはずやったのに」
 由美は、グラスの上で弾ける泡を眺めながら、呟くように言った。式野が塀の中にとどまったことで、宙づりになったままの人生は延長された。
「丈治さんも、身代わりになって最後まで大変やったね」
 由美が言うと、義彦は若い頃と同じ、底意地の悪い笑顔を見せた。
「どんな屑でも、使いようで役には立つやろ」
「まあ、なんにせよ。お父さん、お疲れさま。今日はよう寝れるで」
 由美の言葉に、義彦はうなずいた。ついに、有田家だけが残った。
 短刀は血を拭われて、浅い眠りにつく。
    
 深夜三時、冷蔵庫のドアを開けた由美は、明日香が目をこすりながら歩いてきたのを見て、困ったように眉を曲げた。
「こんな時間に起きて。夜型は変わらんのね」
「今まで寝てたよ」
 そう言うと、明日香はオレンジジュースを手に取った。由美の視線に気づいて、笑った。
「こんな時間に甘いもの飲んでからに。はい、飲みます」
 顔を見合わせて笑った後、由美はお茶を一口飲んで、寝室へと戻った。明日香は、しんと静まり返った台所を見回しながら、思い出していた。あれから、二十五年が経ったのだ。家に帰る直前で、直感が足を止めさせた。鯛焼きを買って自転車を漕ぎだした中学生達が、いつもとは違う角で曲がったということに気づいたとき、このまま家に帰ってはいけないと思い、自転車で後を追った。少し遅れて空き地に辿り着き、圭一の声を聞いた。それから起きることを知らなかったのに、どうして廃材の隙間に隠れようと思ったのかは、今でも思い出せない。でも、廃材の隙間から見た、全身を痙攣させて死んだ和樹の顔は、今でもはっきりと焼き付いている。圭一と、その話をしたことはない。本人も、おそらく細かいところまでは覚えていないだろう。
 地面に転んだ時に外れた、名札のことも。
 わたしは、中学生達の注意が逸れている間に拾い上げて、出口まで走った。足を滑らせ、廃材にぶつかって大きな音を鳴らした時にできた切り傷の跡は、今でも足に残っている。でも、圭一がそこにいたという証拠は、それで消えた。
作品名:Joint 作家名:オオサカタロウ