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オオサカタロウ
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novelistID. 20912
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Joint

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― 現在 ―
   
「ここ、休んでるんですか?」
 式野は、がらんとした店内を見回しながら言った。田川は、休業中の喫茶店を選んだ。オーナーはこのまま店を閉める予定で、設備はほとんどが撤去されていて、好都合だった。
「うん。式野くん、あんま雰囲気変わらんね」
 二十五年経っても、どこか頼りなさげな弱々しさは、健在だった。しかし、眉ひとつ動かさずに人を殺すことができるということは、何度も証明されている。結局、他の三人からは折返しの連絡はなかったが、当時の事情を知る者が一人いるだけでも、今は充分だった。田川はスーツの襟を正しながら、腕時計に視線を落とした。約束の時間の五分前。人影が見えて、式野は入口から見えないように、後ろへ下がった。
「来たわ」
 田川は独り言のように言うと、バッグから見せかけだけの書類とノートを出した。本業のような話をするつもりは毛頭なかったが、形だけでも、テーブルの上は整える必要がある。義彦は慣れない様子で店の中を見回していたが、田川に気づいて、頭を下げた。
「えらいすんません、時間取ってもらって」
 田川の向かいに座った義彦は、スポーツバッグを床に置いた。田川は苦笑いを浮かべて、言った。
「手ぶらでよかったのに」
 義彦は、自分に呆れたように笑った。
「ちょっと、買い物も頼まれてまして。今ほら、あんまり外に出られへんでしょう。出るんやったら、買ってきてほしいもんがあるって、あれもこれもと。勝手なもんですわ」
 田川の愛想笑いで会話が途切れ、義彦は仕切り直すように言った。
「あの、うちの弟のことなんですけどね」
「相談って言うてはったんは、弟さんのことなんですか?」
「そうですね。これ、正式に相談って形で、秘密は守ってもらえるんですか?」
 実際には、守秘義務などあったものではなかったが、田川は形だけうなずいた。
「うちの商売は、ご存じですか? クリーニングの有田です」
 田川は再びうなずくと、会話を少しでも進めるために、相槌を打った。
「当時から、ずっと営業されてますよね。隣の駐車場と」
「そうなんですよ」
 義彦は相槌を返すと、一度咳ばらいをした。式野はその様子を陰から見ながら、田川の合図を待った。義彦は、田川の顔に視線を向けたまま、続けた。
「あの土地はね、元々は藤川っていう地主のもんで、私のやないんです。今でも登記上は、由美になってます。うちの家内ですが」
 自分から、本題に入るとは。田川はメモを取るべきかどうか迷いながら、言った。
「弟さんと土地の話に、繋がりがあるんですか?」
「まあ簡単に言うと、そうですね。うちの弟は、何をさしても中途半端でね。体はいっちょ前にでかいから、格闘技やらしたり、色々と試したんですが、なんも続かん」
 義彦は、それでも不肖の弟を懐かしむように、目を細めた。その様子を見ながら、田川は思い出していた。吉巻がよく話していた、七十六年に起きた未解決事件。地元の地主夫婦が斬り殺されて、山奥で頭が二つ見つかった。目はくり抜かれて、歯もばらばらだった。田川は言った。
「すみません。由美さんの旧姓を、教えていただけませんか」
「藤川です。昔、地主が殺された事件あったでしょう。そこの娘ですわ」
 義彦はそう言うと、歯を見せて笑った。田川は、頭の中を串刺しにして引き抜かれたように、少し身を引いた。
「奥さんは、ご両親を殺されたということですか?」
「まあ、嫌な奴らでね。田舎から出てきたんやったら、土から生えてきたもんだけ食うとけとか、私も散々言われました。今となっては懐かしいですけども」
 義彦は古い映画に再会したように、表情を和らげた。田川は、頭で作り上げられた結論をそのまま口にするべきか迷ったが、気づくと口が勝手に何かを言いかけたような形を作っていて、義彦に促されるままに、言った。
「弟さんが、その未解決事件に関わってるっていう、疑念があるんですか?」
 義彦は、田川の言葉をかみ砕くように顔をしかめると、首を横に振った。
「いや、丈治はやってませんね」
 そう言うと、義彦はスポーツバッグのファスナーを開けた。田川は、式野が出てこようとしたことに気づいて、目で制した。義彦は顔を上げると、言った。
「あいつはねえ、ほんまにあかん奴で。二十歳になるかならんかで、聞いたんです。お前は図体だけ立派やけども、何ができんねんと。そしたら言うんですよ。兄貴の身代わりやったら、なれるって。健気な弟でしょう」
 田川の背筋に、電流のような寒気が走った。あの怪物が、健気? 義彦は、田川の表情に構わず続けた。
「気にいらんことがあったら、後先も考えんと斬り殺してまう。お前は、そんな人間になりきれるんかって聞いたら、なれるて、言いよるんです」
 式野がしびれを切らせたように、一歩を踏み出した。陰から現れた人影に気づいた義彦は、笑顔で言った。
「お久しぶりです」
「さっきから、何を言うてるんや」
 式野が言うと、義彦は愛想笑いを消した。
「弟の話です。私はずっと家庭が欲しかった。由美と結婚するのは、一つのゴールでした。でもね、あの腐れ夫婦は、田舎がどうたらこうたら……」
 その怨嗟に満ちた口調に、式野はたじろいだ。田川はノートを引っ込めようと手を伸ばしたが、義彦は構わず続けた。
「頭を斬り落としても、まだなんかしゃべっとるみたいで、それやったら目も歯も全部抜いたれって、思ったんですわ。若気の至りです」
 田川は無意識に、覚醒剤が入ったハンドバッグを手で探った。義彦はスポーツバッグを手繰り寄せて中に手を突っ込むと、立ち上がった。引き抜かれた右手の先に、鈍く光る短刀が伸びていることに気づいた式野は、思わず後ずさった。義彦は言った。
「西井のボケは、一太刀で気絶しよったんで、早かったです」
 田川は、今まで自分たちが『アリさん』と呼んでいた男が、目の前に立っている義彦本人だということを、ようやく理解した。
「あの鯛焼き屋と、運転手と。あと、吉巻でしたか? 連絡はつきましたか?」
 田川がうなずくと、義彦はスポーツバッグからポーチを取り出して、中身をテーブルの上に開けた。
 式野は、テーブルの上に散らばった三つの黒い箱のようなものが、携帯電話だということに気づいた。義彦は続けた。
「全員に連絡取ったんですな。すんませんけど、三人とも、私が先に見つけました」
 田川は、自分が想像していた三人が、すでにこの世にいないということを悟った。
「……、いつ?」
 田川がようやく発した言葉に、義彦は笑った。
「同じ年に、バーッとやりました。上の子が大学に入るまでには片付けたいってのもあって。二〇〇一年ですかね?」
 その言葉は、徹底的に家庭を中心に回っているが、目は到底正気ではなかった。田川は、からからに乾いた喉をどうにか動かして、言った。
「どうやって殺したん……?」
「頭を落としました。ただね、私は勝手な判断をする連中が、大嫌いなんです」
 義彦はそう言うと、今でもその苦い味を思い出せるように、顔をしかめた。
作品名:Joint 作家名:オオサカタロウ