Joint
式野は、自分とさほど年が変わらない二人に言った。間を持たせる必要などなかったが、自分が逆の立場なら、こんなに理不尽なこともない。舞野が足を庇いながら、式野を見上げた。言葉は発していなかったが、その目は、式野が考えている通りのことを主張していた。
「理不尽やわな」
式野はそう言うと、篠山の方を向いた。
「学校、違うんやっけ?」
篠山は答えなかったが、式野は事前に知っている情報を口に出しただけで、暗い天井を見上げながら考えた。同じ学校で一か月に自殺者が二人は、不審すぎる。舞野がいなくなっても家出で済むだろうが、篠山は行方不明扱いにはできない人間だ。金持ちの子供が消えたとなると、大騒ぎになる。式野は呟いた。
「四分半はきついな……」
二人は意味を理解していない様子だったが、式野は、死人の顔を覗き込むように、篠山を見つめた。行方不明にできないとすれば、自殺にみせかけるしかない。四分半より早いかもしれないが、相当苦しむことになる。それは、首にロープを引っかけた状態で、柳沢が死ぬまでにかかった時間だった。
ちょうど正午を回った頃に、灯台の近くにある廃倉庫に停めたアトラスの中で、式野は懐中電灯の電池が切れかけていることに気づき、荷台の壁を内側から叩いた。
「電池切れそうです!」
缶を蹴飛ばすような音が鳴り、ドアが開いた。舞野と篠山は、差し込んできた光に、思わず目を細めて顔を背けた。
「もううんざりや。さっさとやってまおう」
糸井は掠れた声で言うと、二人に言った。
「降りろ」
立ち上がるのが遅れた舞野に気づいた糸井は、トラックのバンパーを力任せに蹴った。荷台が揺れて、一度立ち上がった篠山が尻餅をついた。
「片足ぐらいでピーピーすんなこら、はよせんかい」
篠山が降りたのと同時に、式野が半ば押し出すように、舞野を荷台から追い出した。篠山は、アリストから降りてきた吉巻を見つめた。その機械仕掛けのような表情は、機嫌よくテレビを見ていた頃と何も変わっていなかったが、むしろそれが恐ろしさを増幅させた。曲がってしまった釘を取り除いて捨てるぐらいの、軽い感覚しか持ち合わせていないようだった。吉巻は、篠山に言った。
「ちょっと、まっすぐ立ってみてや」
後ずさりながらも言うことを聞いた篠山の頭に、吉巻は手を乗せて身長を測った。それを自分の胸元に持ってくると、顔の形を調整するように、強く瞬きをした。
「百六十ないぐらいか。梁で、いけるな」
糸井が荷台からロープを引っ張り出したとき、来た道からエンジン音が聞こえてきて、式野も同じタイミングで気づいたように、表情を消した。
「誰か来てますね」
「一本道やぞ?」
糸井はそう言って、倉庫の窓から外を見渡した。式野は、まだ棒立ちになっている篠山の髪を持ち上げると、骨の太さを測るように、手を当てた。
「遺書とか、書きたい?」
その言葉で、篠山は初めて式野の意図を理解した。足が勝手に逃げようとしたのを、式野は羽交い絞めにしながら言った。
「あーごめん、うそ! 今のなし!」
篠山は、暴れるだけ痛い目に遭うということを理解していたが、それでも体は別の人間に操作されているように、言うことを聞かなかった。式野は足払いをかけて篠山を地面に倒すと、言った。
「勘弁してや。刀で殺されるよりええやろ? 目とか歯とか、抜かれるんやで?」
吉巻は、糸井の隣に立って、鼻の下を伸ばしながら言った。
「あの砂利巻き上げてんの、こっちに来よるんか?」
自分たちが来た道を上がってくるのが、よく見える。糸井は、隣で自分と同じ行動を取っている吉巻のだらしない体を見て、顔をしかめた。覚醒剤を小分けにするしか能のない男だ。
「俺が見てんやから、お前は他のことしとけや」
「あれ、誰か分かるんか?」
吉巻は両腕を抱えるように掻きながら言った。それは覚醒剤の効果が薄れてきている証拠で、余計に糸井を苛立たせた。
「ガキ見張っとけ。お前も吊ったろか?」
糸井は言いながら、自分が先に振り返った。舞野がいないことに気づいて、式野に向かって叫んだ。
「おい! もう一人は!?」
式野は、もう一人がいたことに初めて気づいたように、のろのろと振り返った。そこには誰もおらず、奥のドアが開きっぱなしになっていた。式野は篠山から離れて、全速力で舞野の後を追った。ドアを通り抜けると、足跡が泥の上に残っているのが見えた。草を掻き分けながらできる限りの速さで進むと、背中が見えた。
「待て!」
式野は叫んでから、自分の言葉が相手の足を速めるだけだということに気づいて、ペースを上げた。足を滑らせて木を掴んだとき、すぐ隣が崖のようになっていることに気づいて、式野は一瞬立ち止まった。歯を食いしばって再び足を進め、ようやくその背中に手をかけたとき、舞野はそれを振りほどこうとして、腕を振った。顔にそれを受けた式野は、殴り返すように左手を振った。それが当たった手応えはあったが、体が軽くなったように感じて、式野は前のめりに倒れた。何もかもが必死すぎて、自分が何をしたのかもよく分かっていなかった。顔を上げて、目の前に舞野がいないことに気づいた式野は、ほとんど直角に切り立った崖に沿って生える木の根元に、舞野が倒れていることに気づいた。その首の角度は、人間が曲げられる限界を超えていて、死んでいることこそ分かったが、問題はそんなことではなかった。式野は、その場にへたりこんだ。到底拾いにいけないようなところへ落としてしまった。
もと来た道を戻って倉庫に入ると、座り込む篠山を慰めるように隣に座る、吉巻の後ろ姿が見えた。
「他に方法ないか、聞いてみるけどや。火なんかつけられてみいや。そら熱いぞ」
吉巻がそう言って笑った時、糸井が式野に気づいて振り返った。
「捕まえたんか?」
「崖下に落ちて、死にました」
その言葉に、篠山が体を起こしている力を失くしたように、俯いた。糸井が呆れたように長い溜息をついたとき、吉巻は言った。
「拾える高さか?」
式野は首を横に振った。吉巻はその場に仰向けに寝転がると、言った。
「アホと付き合うてたら、うまいこといかんな」
糸井は早足で篠山のところまで戻ると、手で促しながら言った。
「立て」
吉巻が顔をしかめながら、だらけた体を起こした。
「まあ、そない急がんでも」
「お前が決める話か」
糸井は吉巻の体をまたぐと、篠山を抱え上げるように起こした。さっきと違って、篠山は体中の力が抜けきったように、言うことを聞いた。
「なんで……」
篠山の口から呪文のように漏れ出た言葉を聞き逃さなかった糸井は、言った。
「そんなん、いちいち気にしてたら、生まれ変わられへんぞ」
梁にロープを投げて渡すと、結び目を首にひっかけて、糸井は言った。
「それか、自分で台蹴るか?」
篠山は返事をする気力もない様子で、宙を見つめていた。糸井は、反射的に後頭部を平手ではたきそうになって、止めた。妙な痣や内出血を残してはいけない。梁の反対側に垂らしたロープをウィンチに結び、ハンドルを回して、篠山の首にロープが食い込み始めたとき、車が倉庫の前で停まり、ドアを開けて入ってくるなり、井出が言った。