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オオサカタロウ
オオサカタロウ
novelistID. 20912
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Joint

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 団地の公園には、いつも人がいない。今日も例外ではなく、空気の抜けたバスケットボールだけが、砂場の上に置いてあった。舞野は辺りを見回しながら、上から見られることすら気にしている様子で、天井のあるベンチに腰掛けた。
「お前、知ってたんか?」
 所田が言うと、舞野はうなずいた。
「六組に津川っておるやん。親父が消防隊員の。昨日電話かかってきて、それで聞いた。家やなくて、ホームセンターの裏にある田んぼの、納屋で死んでたらしい」
 柳沢の家から、塾までの道。所田は、あまり行くことがないホームセンターの道を頭に浮かべようとした。舞野は、それを補足するように言った。
「塾には来てたみたいやから、その後やわ」
 所田は、あの一件以来、ほとんど柳沢と話していないということを、今更のように思い出していた。どんな風に考えていたのか、全く分からない。
「あいつ、悩んでる感じやったんか?」
「津川が言うには、ずっと暗かったらしいけど。俺も直接話してないから、分からん」
「遺書とか、書いたんかな」
「ないらしいわ」
 友達を失った人間の会話ではないということは、舞野も所田も理解していた。舞野は隙を見つけたように立ち上がると、言った。
「お前は、大丈夫やんな?」
 所田は、舞野の言葉に強くうなずいた。
「大丈夫や。お前は?」
 舞野は言うまでもないという風に、目だけで返事をした。六階まで階段で上がると、六〇七号室の前で大きく深呼吸をしてから、鍵を開けた。本当に大丈夫なのだろうか。家の中はどんよりと濁った空気が流れていて、テレビの音が台所から聞こえてくる。舞野は部屋に学生鞄を放り投げると、続けて自分も入り、兄が入ってこられないように、ドアを椅子で塞いだ。自分の部屋がないと、何も考えられない。先日まではそれが『公園』だったが、所田と顔を合わせて話すつもりにも、なれなかった。
    
 終業式が終わって、学校に行く用事がなくなってからも、舞野は朝早くに家から出て、商店街の近くをうろつくということを繰り返していた。本屋に立ち寄ったり、自転車でホームセンターの近くまで足を伸ばしたり、とにかく時間を潰せることは何でもするつもりだった。あっという間に一週間が過ぎたが、それだけの日を過ごしたという実感は全く湧かなかった。
 補導員に見つかって、夜九時だということを理由にゲームセンターからそれとなく追い出された舞野は、家までの道をできるだけ自転車で遠回りしながら帰った。街灯が少ない、がらんとした国道沿いの歩道は、誰にも会わずに帰ることのできる数少ない道路で、舞野は缶ジュースを飲みながら、ゆっくりと自転車を漕いだ。広い歩道が消えて国道と合流して橋に合流する手前の、『自転車はおりて押してください』という錆びた看板が立っているところまで来た舞野は、足を止めた。道路脇にパトカーが集まっている。ブレーキの音で気づいたらしい警察官が、手招きしながら通るよう促した。
「いいよー、通って」
 言葉で促した警察官は、そこに立ち止まられている方が迷惑なように、しかめ面で手招きを続けた。舞野は自転車から降りて押しながら、警察官の背中越しに様子を伺った。数人がブルーシートを準備している先に、折れ曲がった自転車が倒れているのが見えた。
「どっち向きに落ちたんやこれ」
 ブルーシートを持った警察官の一人が言った。
「土手沿いに、国道まで走ってきたんちゃうか」
 それまで屈みこんでいた一人が立ち上がったとき、うつ伏せに倒れている死体が所田だということに、舞野は気づいた。
 家までを全力で走った舞野は、公園に自転車を放るように置いて、肩で息をしながら、八〇四号室を見上げた。珍しく、電気が点いている。もう、知っているのだろうか。柳沢が自殺して一週間。今度は所田が、自転車ごと土手から落ちて死んだ。消去法のように、今まで封じ込めていたはずの名前が浮かんだ。
「篠山……」
 舞野は自転車にまたがると、篠山の家まで走った。大きな一軒家が並ぶ静かな住宅街に辿り着いたときは、夜の十時を回っていた。篠山は違う中学校に通っているから、この状況をまだ知らないはずだ。『篠山』と書かれた表札の奥では、全ての部屋に明かりがついている。篠山がどの部屋にいるのかは分からなかったが、舞野は少しだけ安心して、自転車にまたがった。
 どうやったら、この状況を伝えられるだろうか。家までの道を戻りながら、舞野は考えた。電話番号は知っているが、家に電話したことはない。電話をかけたところで、どう自己紹介すればいいかなど、想像もつかない。ペダルに足をかけたとき、舞野は、窓の一つに人影が現れたことに気づいた。窓が開き、顔を出したのが篠山だということに気づいた舞野は、射すくめられたように立ち止まった。窓が閉まり、しばらく静かになった後、玄関のドアが開いた。Tシャツにジャージ姿の篠山は、玄関の門を開けると、少し下り坂になった外壁の角を指差した。
「そこやったら、誰も来んから」
 舞野が角に自転車を停めると、篠山は言った。
「どうしたん?」
 ここまで来たのに、上手く話せない。簡潔に伝えようとしていた内容は、完全に頭から飛んでいて、しばらく間を挟んだ後、舞野はようやく言った。
「いや、大丈夫かなって」
「大丈夫ちゃう……、かも。ピアノの発表はめちゃくちゃやったし。もうやめることにした」
 それを聞いて、舞野は、篠山が二人の死について何も知らないということを、確信した。
「あの、夏休みやけど、外に出たりせんほうがええかも」
「なんで? まさか……」
 篠山が顔色を失くしていくのが、薄暗い街灯の光越しでも分かった。舞野は首を横に振った。
「いや、新聞記事にもなってないから、それはないんちゃうかな。吉巻とかが、証拠を消したんやと思う」
「でも、外に出んほうがいいん?」
「うん、一応……」
 舞野はようやく、自分がどうして二人の死を言い出せないのか、その理由に気づいた。篠山が警察に駆け込むのではないかと、無意識に恐れているのだ。姉もいるし、優しそうな両親もいる。自分はこのまま黙っているだけでいいかもしれないが、これ以上の負担がのしかかったときの篠山の行動は、予想できなかった。篠山は呟いた。
「なあ……。申し訳なかったやんな?」
 その言葉自体が予測から外れていて、舞野は困惑したように自転車のハンドルを掴みなおした。篠山は返事を待たずに、引き返しながら続けた。
「家からあまり出んようにする。ありがと」
 家までの道を走る途中、舞野はようやく気付いた。篠山は、和樹のことを言っていたのだと。
 団地の駐輪場に辿り着いたとき、止まりそうな勢いのなさで徐行するトラックが駐車場の方から出てきたことに気づいて、舞野は少し身を低くした。青色のトラックはヘッドライトの一つが球切れで消えていて、不機嫌なように断続的なディーゼルエンジンの音だけが鳴り響いていた。ギアの入れ替われる音が鳴って、少しだけ加速したトラックは、舞野がいる駐輪場の傍を通り抜けていった。
 いびつに鈍い光を跳ね返す箱型の荷台には、『コバルト物流』と書かれていた。
    
作品名:Joint 作家名:オオサカタロウ