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オオサカタロウ
オオサカタロウ
novelistID. 20912
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Joint

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「はい。レンタカー借りるわけにもいかんので。ただ、使ってた倉庫にほったらかしになってて、全然整備されてへんかったですね。叩き起こすんは大変でした」
 当時から、真っ黒な煙を吐きながら走っていた、日産アトラス。あの青色の車体に、へこみだらけのアルミボディ。そこに車体と同じ青色の字で控えめに書かれた『コバルト物流』の文字。
「なあ、捕まるんも時間の問題やで。古いトラックやって、そこまで掴まれてる」
 田川が言うと、式野は笑った。
「まあ、構いませんけど。人生なんて、なかったようなもんですし」
「あとちょっとで出所やったのに。なんで、出てこんかったん?」
 田川が言うと、式野は遠い思い出を掘り当てたように、小さな笑い声を上げた。
「いや、外に出るのが正直怖なったというか……。それで、ちょうどちょっかいかけてきた奴をしばいたら、死んでもうたんですわ」
 式野が殺した同房の囚人は、二人。一人は両目に折った割り箸を刺されて、殺されている。田川は、刑務所の中で人生の大半を過ごした式野が、今電話の向こうでどんな顔をしているのかということを想像して、その声を一瞬だけ不気味に感じた。
「土曜日の朝まで、娑婆におれると思う? その日に、お兄さんが来はるわ」
「そこにですか?」
「いや。さすがに、別のとこ指定しようと思ってる。ちゃんと来てや」
 田川はそう言うと、式野の短い『はい』という返事を聞いてから、電話を切った。
 西井家の一人息子、和樹が死んだ日。中学生達を帰した後に、井出がやってきた。後ろをトラックでついてきた糸井と式野が、遺体を荷台に載せて、井出は忘れ物がないか、中学生が座っていた場所や、廃材の隙間などをくまなく調べ始めた。足跡を消したり、気が済むまで証拠を消した井出は、はっきりと言った。
『アリさんを呼べ』
 連絡は、田川が入れた。状況を全て伝えた後の、公衆電話越しの籠った声は、今でも忘れられない。
『一時間、遅れて来い。西井には言うな』
 受け渡しはもう終わったようなものだったが、深夜まで待って、いつもの受け渡し場所に、いつも通りの手続きで全員が向かった。糸井と式野はトラックに乗り、吉巻はカローラバンで、助手席には田川も同乗していた。いつもと決定的に違うのは、一時間遅く出ているから、西井だけが先に到着しているということだった。実際、その通りだった。待避所に、あの白いマスタングが停まっているのが見えて、全員が定位置に停まった。リアハッチが少し開いた状態になっていることに気づいた式野が、上まで開けて中身に気づき、飛び退いた。
 西井は、頭を斬り落とされていた。骨を折り曲げられて、ビニールシートで養生された上へジグソーパズルのように押し込められた体の隣に並べられた頭は、無事な歯が一本もなく、両目の代わりに黒い穴が空いていた。両手の指先の皮は全て剥がされていて、メモ用紙が挟まれていた。
『これを参考にして、同じように処理しろ。終わったら、車を戻せ』
 鮮明に刻まれた記憶。井出が『鯛焼き屋』を始めるときに、まず連絡を取った人物。あの地域で商売をするには、有田丈治に話を通すのが最優先だった。噂話は山ほどあった上に、スイッチが入ったら何をするか分からないという、怖さがあった。店が開いてからも、何かが起きたときの『実行部隊』として、丈治は好き勝手に商売に入り込んでいた。
 あの面子と最後に会ったのは、二〇〇〇年の春。田川は全員に、連絡がつくようにしておくよう、言い残していた。携帯電話の番号は、財布の中に入れてある。それを順番に鳴らした田川は、吉巻、糸井、井出の三人がそれぞれ伝えた電話番号が、今でも生きているということを確認した。あとは、折返しの連絡を待つしかない。
 当時の記憶を掘り起こしながら、田川は全員の年齢を計算した。式野は四十五歳で、糸井が六十五歳。井出は記憶が曖昧だが、五十代後半。そして、吉巻は六十一歳。田川は笑った。自分が五十歳になったのだから、全員が年を取っているのは当たり前だったが、この面子が揃えば、中途半端に潰れた麻薬稼業を、もう一度始められるかもしれない。あの当時、吉巻が卸していた品物は、決して安物ではなかった。田川がさっき使ったばかりの品物は海外のもので、当時の倍以上の相場で取引されている。当時井出は、向かいに建つクリーニング屋を見ながら、事あるごとに言っていた。『完全に管理できる土地が要る』と。丈治が死んだ今、止めるものは何もない。あの土地を明け渡すよう強請るだけの、充分な要素だとは思う。しかし、義彦は自分の弟の実像を、どこまで知っているのだろうか。
 西井家がこの世から『いなくなった』日。田川は、こうやって法律事務所を開いて、二十五年間を生き延びられるはずがないと確信していた。過ごすのなら、塀の中だろうと。都市伝説が尾ひれを膨らませながら広まるように、情報は誰かの耳に入り、警察の手によって、その中から事実だけが抜き取られ、いずれは両手に手錠をかけられる。そういうものだと、覚悟を決めていた。しかし、そうはならなかった。
 自首した式野以外は、誰一人として、警察に捕まらなかった。
   
   
― 二十五年前 夏 ―
   
 終業式を目前に控えた水曜日、全ての授業が終わった後に、全校生徒が講堂へと集められた。所田は、列の前の方にいる舞野のところまで行くと、その背中を軽く叩いた。あの一件があって以来、団地で顔を合わせても話すことはなくなっていたし、違うクラスにいる柳沢も、視界に入っていることが分かっていても、どうしても話しかける気にはなれなかった。
「おい、なんやろうなこれ」
「分からん」
 舞野は伏し目がちに呟いた。空き地で起きたことなら、先に警察が来るはずだ。背の高い所田が前にいることに気づいた担任が、後ろへ戻るように肩をつつき、所田は話半分に列に戻った。いつも騒いでいる六組の人間が静かで、竹刀を持ってうろつく生活指導も、手持ち無沙汰なようだった。校長が早足で入ってくると、言った。
「ええっと、座ってください」
 その場しのぎで、台本もなく登場した芸人のようだった。少しざわつきながら床に座った生徒が静まり返るのを待って、校長は言った。
「昨日ですが、六組の柳沢恭介くんが、亡くなりました」
 続いて、通夜のスケジュールが伝えられたが、所田の耳には何も入ってこなかった。換気扇の音だけが、耳元で鳴る扇風機のように強調されて、額から落ちてきた汗に気づかされるように、瞬きをした。話はそれだけで終わり、解散になった。所田は舞野の姿を探して出口で待ったが、担任に早く出るように促されて、渋々歩き出した。階段を上がるとき、六組の会話が聞こえてきて、所田は耳を澄ませた。自分が聞きたかった部分だけを狙い撃ちしたように、会話の内容が耳に入ってきた。
「自殺らしいよ。首吊りやって」
 教室に戻って、ようやく舞野の姿を見つけたが、担任が何かを言う間、すでに学生鞄を肩にかけた舞野は出て行くタイミングを伺っているように、浮足立っていた。所田は、机の上に置いたままになったシャープペンシルを鞄の中へ入れると、解散になったのと同時に話しかけようとしたが、舞野は言った。
「今はやばい。団地に戻ってからにしよう」
作品名:Joint 作家名:オオサカタロウ