北へふたり旅 6話~10話
「テポドン?
失礼ですねぇあなたったら。
テポドンは北朝鮮の弾道ミサイルのことでしょ。
来たばかりのテフ君とドン君を、そんな風に呼んだら失礼です」
「おっ君はもう2人の名前をちゃんと覚えたんだ」
(あなたったらあいかわらずですねぇ。
人の名前を覚えるのが、ホントに苦手ですね)
妻がクスリと笑う。
20年あまり接客の仕事をしてきた。
しかし大の苦手が、人の名前を覚えることだ。
(いいのあなたは、料理だけで。接客はわたしにまかせて)
という妻にささえられ、20年にわたる居酒屋家業をまっとうしてきた。
家業の幕引きを考えたのは65才の秋。
深夜までの仕事に、身体がついていかなくなった。
いちど言い出すとあとに引かない性格を、妻は熟知している。
(いいわよ。あなたがそういうのなら。
わたしも人さまの機嫌をとるのに、しょうしょう疲れてきました。
花道があるうちの幕引きも、わるくありません)
(あと数年。居酒屋を頑張ろうかと考えた。
でもさ。燃え尽きるまで頑張っても、それで終わりじゃ味気ない。
もう一花、別の世界で咲かせるのもわるくない。
それに元気なうちに転職しなきゃ、雇ってくれるひとに申し訳ない)
(あら。リタイヤするわけじゃないの、あなたは。
まだ働くつもりですか。この先も?)
(あたりまえだろう。年金だけじゃ心細い。
農家がいいな。野菜は無駄な口をきかない。こころ静かに仕事にはげめる)
(さすが農耕民族の末裔ですね。あなたは・・・ふふふ)と妻が目を細めた。
幕引きを決めてから半月後。
7日間のさよならパーティーのすえ、わたしたちの居酒屋は閉店した。
おおくのひとたちが閉店を惜しんでくれた。
(10)へつづく
作品名:北へふたり旅 6話~10話 作家名:落合順平