小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」
ふしじろ もひと
ふしじろ もひと
novelistID. 59768
新規ユーザー登録
E-MAIL
PASSWORD
次回から自動でログイン

 

作品詳細に戻る

 

『封魔の城塞アルデガン』第1部:城塞都市の翳り

INDEX|7ページ/14ページ|

次のページ前のページ
 

第6章:ラーダ寺院



 破邪の神格ラーダを祀る白亜の寺院は高い尖塔を備えていた。これこそ尊師アールダの5つの宝玉のうち主たる宝玉を頂く塔であり、洞窟の魔物が地中を掘り進み洞窟から脱出することを封じる結界の源であった。ボルドフは出迎えた見習い僧にゴルツへの拝謁を求めた。
 大司教の執務室には先客がいた。白い長衣を身にまとったアザリアだった。かつてボルドフはアザリアの支援の下で何度も剣を振るった仲だった。彼らは目礼を交わした。
「用向きは何か、ボルドフ隊長」ゴルツが声をかけた。

 大司教ゴルツはすでに髪も長いあごひげも白い老人だった。僧侶の技と魔術師の術の両方を身に付けるべく修行する司教、それは長い年月を修行に費やすことを意味し、二十年前にその両方を極め大司教の称号を得た時ゴルツはすでに五十歳になろうとしていた。
 以来二十年間、ゴルツはアルデガン最高の術者としてしばしば実戦にも出ながら指導力を発揮していた。魔物との消耗戦に陥っているアルデガンでは実戦で発揮される実力こそが権威の裏づけであり、実戦での力の衰えは大司教としての役割の終わりを意味する。だが七十歳を前にしたゴルツの老いた肉体を支える意思の力にはまったく翳りがないことが、緑色の炎のような眼力からもうかがえた。
「洞門にマンティコアが出現し四人の死者が出ました」
 抑えた声での報告に、大司教は厳しい面持ちで応じた。
「なぜそんなものが洞門に現れたのか、それを聞きたいというのだな」
「尊師アールダの結界は人間に近い魔物より人間からかけ離れた存在により強く作用する。マンティコアなど、本来深い階層から容易に上がってこれぬはず」
 ボルドフは一歩前に出た。
「結界に異変が起きているとしか思えません」
「もうそんな事態となったか」険しい表情でゴルツが応じた。
「四方の塔の宝玉のうち東と南の宝玉の魔力が変質したことを、つい先ほど確認したばかりじゃ」「なんと! では……っ」
「ええ、北の国ノールド領内のここアルデガンの宝玉を補助しているのは、もはや北の塔の宝玉だけということです」
 愕然たる面持ちのボルドフに向け、アザリアがいい添えた。
「二十五年前の西部地域の内乱により、西の塔の宝玉がその力を求める者たちの争いの最中に失われたのは隊長もご存知ですね。追い詰められた豪族がその力をむりやり解放した結果、凄まじい魔力の暴走で敵味方ともども全滅し、西部地域は今も救いようのない混乱の只中にあります」
「愚行だ」ボルドフが吐き捨てた。
「だがそれ以来、宝玉がいかに強力な魔力の源であるかが天下に知れてしもうた」ゴルツが言葉を継いだ。
「東と南の宝玉はかなり前から移されておる。手を出したのは南の大国レドラスの王であろうとわしは見る」
「前からですと! それに場所もおわかりだったのですか?」
「むろん北の王国ノールドにはこのことを伝え、外交的に問題を解決することを依頼してはおった。されど国力で勝るレドラスはノールド側の疑念を否定せず、にもかかわらず相手にせなんだと聞いておる。そしてこたびの変質じゃ」
 ゴルツは口を引き結び、続けた。
「宝玉がなんらかの加工を受けたとしか考えられぬ!」

「レドラスには野心があると見なさざるを得ないでしょう、混乱の続く西部地域か、あるいは東のイーリアの虚を突くつもりかもしれません」アザリアが言葉を継いだ。
「ノールドはレドラスが宝玉を手にしていることを知っているのですから、レドラスもそう手出しはできないと思いますが」
「宝玉の効力は場所が移されただけなら保たれる。しかし加工され変質したゆえに効力が失われた。このままではアルデガンは遠からず破られ魔物どもが再び地上にあふれ出よう。レドラスには触れてはならぬ力に手を出したことをなんとしても悟らせねばならぬ」
「私はそのレドラスへの使者の役目を拝命したところです」
 アザリアの言葉に、ボルドフは目を剥いた。
「無茶ではありませんか? 閣下!」
「でも他に方法はないのよ。それに宝玉が現在どういう状態なのかを探る必要もあります。イーリアに立ち寄り状況を説明すればレドラスの動きを牽制できるかもしれません」
「重大な任務じゃ。そなたは両親の出身ゆえ、かの遊牧民の王も同族のよしみでそう無体な扱いをせぬのではと思うが、それでも困難な役目に違いない。だが」
 ゴルツは首をかしげた。
「そんな任務にリアを伴いたいとそなたはいうのか? わざわざここへ戻ってきてまで」
「彼女には今のアルデガンのどの魔術師よりも高い魔力の資質があります。でも感応力が高すぎて魔物の魂に触れてしまい、戦うことができずにいます。戦う目的を自分で捉え直すしか克服するすべはないんです」
 ゴルツはしばしアザリアを見つめたあと首肯した。
「そなたを信頼している。リアにも支度をさせるがよい」
「ありがとうございます、閣下」
「ボルドフ隊長。聞いてのとおり、アルデガンはこれまでになく由々しき状況にある。洞門の警護さえもはや危険じゃ。十分用心し、戦力の損耗を極力抑えることを念頭に置くがよい」
「……心得ました、閣下」
 重鎮たちはゴルツのもとを辞した。去りゆく二人の足音が消えて間もなく、ゴルツもまた立ち上がった。


 二人は寺院の回廊をしばし無言のまま進んだが、やがてボルドフがぽつりと声をかけた。
「無茶なことを考えているのではないだろうな、アザリア」
「なにをいうの。今の私になにもできないことなどあなただってよく知っているはずよ」アザリアが歩みを止めた。
「そしてそのことで我が身を責めている。違うか?」
 背後の相手が答えないのもかまわず、巨躯の戦士は続けた。
「誰だってわかるさ。おまえに背中を守られた者なら」

「……教え子たちはみんなよくやってくれていると思う。でも、もう長い間、魔力の素質に優れた人材は出ていないわ。しょせん魔術師は魔力の水準で取れる行動が限られてしまうのよ。
 あと一つの呪文が使えたら救えた命だった、そう思ったことのない教え子なんかいないはずよ。私だって」
 アザリアはいつしか両の手を握り締めていた。
「せめて私に実戦に出られる力が残されていればと何度思ったか知れないわ!」
「だからリアをつれて行こうというのか」
 ボルドフは向き直り、灰色の瞳をまっすぐ見つめた。アザリアは頷いた。
「あの子には最高位の呪文を自在に使いこなす潜在力があるわ。それに年齢以上に思慮深さもある。戦いで味方に犠牲を出さない最高の守り手になれる資質があるのよ」
「なるほど、生まれたときから目をかけていたわけだ。おまえの真の後継者というわけか」
「生まれたばかりのリアを初めて見たとき、高い魔力のオーラに包まれていた。この子は優れた魔術師になるし、そうでなければならない。だからリアの名付け親になって早くから魔術師として育ててきたわ。なんとしても壁を乗り越えて、こんな私に代わる守護者になってほしい……」

「おまえは我ら剣を振るう者にとって最高の魔術師だった」
 ボルドフは感慨深げに語りかけた。思い詰めた様子もあらわなアザリアに。