螺旋、再び 探偵奇談20
明日は早いからと早々に布団に潜り込んだ伊吹は、すでに隣の布団でごろごろしている瑞に電気を消していいかと尋ねた。暗くなった部屋がぼんやりと明るいのは、月明かりのせいだろう。
「…静かだなあ」
「夏はカエルの大合唱ですよ」
「車の音もバイクの音もしないなんて不思議な感じだよ」
「夜にバイク乗り回してた俺の同級生とか先輩とかは、全部兄ちゃんにシメられたから。このへんのヤンキーは静かなもんです」
「…紫暮さんってすごいな」
時折山鳩が鳴いたり、木々が葉を揺らす音が聞こえるだけだ。開け放たれた窓から夜風が吹いて、カーテンを小さく揺らしている。
「明日、紫暮さんの大学に連れて行ってもらって…他の学校も何個か回ってくるよ」
進路かあ、と呟いた瑞が寝返りをうって枕の上に肘をのせる。
「俺、進路なんてまだ現実味ないです」
しかし二年になると進路学習が始まる。いつまでもワカリマセンなどと言っていられるほどの時間は残されていないのだ。将来の夢というのは、やはり自分の興味のあることや好きなことから派生するものだ。瑞にも趣味くらいあるだろうと、伊吹は尋ねる。
「瑞はどういうことに興味あるんだ。好きなこととか、将来やってみたいこととか。新幹線にはなれないよ」
「もうそれ忘れて下さい…。うーん…髪いじったりするのは好きだけど」
「美容師とか」
「ああ」
季節ごとにある職場体験の一覧には美容院もあったはずだ。
「瑞はそういう道でもいいかもなあ。一之瀬の前髪も切ってたじゃん」
沈黙。
「瑞?」
「…俺、それほんと軽い気持ちでやったんだけど…すごい無神経ですよね、今思えば」
郁の前髪を切って上げたことを無神経だと言う。純粋な好意に対して、あまりに軽率な行為だったのではないかと悔いているのだ。
「無神経ってことはないだろ。嬉しかったんじゃないのかな」
「…そうかな、わかんないけど…」
自信のなさげな声で言い、彼は枕に顔を埋める。普段はあまり見せない一面だ。自分にとって郁の存在がどういった意味で大切なのかわからないと悩んでいたけれど、相当彼女を意識しているのではないか。好意を向けられていることへの戸惑いか、恋心の自覚か。そのどちらかは微妙なところだが、これまでの彼にはなかった反応だ。
作品名:螺旋、再び 探偵奇談20 作家名:ひなた眞白